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彼方は朝ご飯を済ませると食休みもそこそこに日が高くならないうちに、と帰ってしまった。久しぶりに兄貴の部屋も掃除機をかけたりベッドシーツを洗ったりして帰宅に備える。 ちなみに借りたパーカーはちゃんと着てる。さっき鏡で確認したら、鎖骨のところのファンデーションシートも上手く誤魔化せそうだった。 袖が余るのがちょっとムカつくけど……。着ないよりはマシなはずだから、ありがたく着させてもらう。 今日は勉強会がなくなったから彼方がおすすめしてくれた参考書の問題でもやろう。彼方が勉強を見てくれるようになってから、苦手な単元も潰せてきてだいぶいい感じだ。 朝から家事をして体を動かしたからか頭も冴えていて勉強が捗る。順調に数ページ進めたところでそろそろ兄貴が帰ってきそうな時間になったから一階に下りた。ちょうどスマホにも『そろそろ着く』とメッセージが送られてきた。 和室の畳に寝転がりながらルルと遊びながら兄貴の帰りを待つ。じゃらしを追いかけて動き回る毛玉を見ていたら、こっちが暑くなってきて早々に止めてしまったけど。 リビングのエアコンから涼しい風が流れてきてうとうとしていると、玄関の鍵を開ける音が聞こえた。 「ただいまー!夏希ー!なーつーきー!」 兄貴の声が聞こえるや否や、敵襲だと思ったのかルルはダッシュでソファーの下に隠れた。ルルがびっくりするから大声出すなっていつも言ってんのに……。 名前を連呼しながらリビングに入ってきた兄貴は、俺を見つけるなりそんな走るような距離でもないのに駆け寄ってきて、ついに来たなと身構えていると勢いよく抱きつかれた。 八重家の長男は引くほどスキンシップが激しい。それは弟である俺限定のものらしく、兄貴はいわゆるブラコンってやつだ。 「夏希~!久しぶり!会いたかった!」 「うるさ……はいはい、おかえり」 成人男性が高校生の弟にするようなことではないよなと思いつつも、変に距離を取られると逆に心配になるくらい小さい頃からこんな感じだからもう慣れっこだ。いい加減『弟離れ』してくれねえかなぁ……。 あまりにも距離が近いから、首に貼ってあるテープに気づかれないかドキドキしながらソファーに移動する。今のところ大丈夫みたいだ。隠れていたルルも入ってきたのが知っている人物だと分かったようで、恐る恐る出て来て匂いを確認していた。 「ルルもただいま~相変わらずモフモフだなぁ」 ルルを抱き上げてふわふわの腹に顔を埋めて堪能し始めた。そんな兄貴の暑苦しさに嫌になったのかもがいて脱出しようとしていたけど、顎の下を撫でられた途端に喉を鳴らして甘えはじめた。 出張だのなんだので散々忙しいはずなのに、月に一度は必ず連休をもぎ取って一泊だけ帰ってくる。連休を取るために頑張れば頑張るほど評価されて仕事が入ってくるから、かえって連休が取りづらくなるという完全に負の連鎖に陥ってるらしい。仕事でその時にいる場所にもよるけど連休丸々使って帰ってくることもあれば、出張で近くに来たからと連絡もなしに突然帰ってくるなんてこともある。毎回タイミングも滞在時間もバラバラだから、わざわざ実家に帰ってくるのも負担になるんじゃないかと思うけど、普段頑張ってる兄貴がそうしたいならいいんだろう。 ちなみに、高校生の俺にも分かるくらいブラック臭がハンパないけど、どんな仕事をしているのか何度聞いても頑なに『普通の会社員』と言うだけで具体的には教えてくれないから、何をしているのか詳しく知らない。 「昼飯はもう食ったの?」 「それがまだ食べてないんだよねー。ワンチャン夏希の作ったご飯食べられるかも、と思ってさ」 「ごめん用意してないからカップ麺か冷食しかない。今から作ろうか?」 「じゃあ一緒に作ろう!夏希と料理なんて、兄ちゃん張り切っちゃうな~!」 俺が小さい頃は忙しい両親に代わって飯の面倒を見てくれた兄貴も、家を出てからは仕事が忙しくて自炊どころじゃないらしい。栄養バランスが偏ってそうだという話以前に、私生活は栄養補助食品だけで済ましている可能性があるからほんのちょっとだけ心配だ。 「そういえば、今日は彼方くん来ないの?いつも夏希がお世話になってます、って挨拶したかったんだけどな~」 「今日はもう来ないよ。また明日来るって」 最近は彼方と二人でキッチンに立つことが多かったから、それが兄貴になるとなぜか違和感を感じてしまう。日にち的にはそんなに経ってないのに随分と彼方のいる生活に慣れてしまったみたいだ。 「彼方くんってどんな子?」 「やっぱりそれ聞いてくるか……。どんな子かと聞かれても……。うーん、真面目で優しくて面倒見がいいやつ、かなぁ」 頭も良いし顔も良いし性格だって良い。一緒に過ごして分かったけど、彼方ってダメなとこが一つもない。強いて言うなら少し距離が近い気がするけど、そういうタイプの人間なんだろう。兄貴のおかげで耐性はついているから別に嫌だと感じたことはなかった。

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