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「なんでそうなんの……」 「だって、夏希はハイスペックな人が好きなんだろ!?彼方くんのこと好きになっちゃうかもしれないじゃん……。それに彼方くんだって夏希のこと好きになるかも……」 兄貴は俺の初恋に関係していることもあって、恋愛対象が同性だということも知っている。女が好きだろうが男が好きだろうがそれは個人の自由だから良いらしいんだけど、仲の良い友達や恋人が出来るのは断固として許せないらしい。彼方がどうとかは置いといて、普通だったら弟が幸せになるのは喜ぶべきことじゃないのか。……ちょっと病んでるのかな。 彼方は俺のことを、勉強会に付き合ってくれるくらいには友達として好いてくれていると思う。抱きついてきたりキスマーク付けてきたりは全部ふざけてやってるんだろうし、そもそも彼方が遊佐のセフレに手を出すなんてことはしないはずだ。俺なんて初めから範囲外だろう。 たしかに顔も声も性格も欠点なんて何もないくらい、彼方は俺の好みのタイプだ。 だけど『好みのタイプ』ではあっても『好きな人』ではない。それは遊佐にも言えることで、ときめいたりセックスしたりしても、それは二人が『好みのタイプ』だからそうなるだけで、別に二人じゃなくても『好みのタイプ』ならきっと誰にでもそうなる。 わがままな俺は束の間のときめきを与えてくれればいいわけで、本気で恋をしようとは思わない。簡単に言うなら、疑似恋愛のようなものを楽しんでるだけだ。 「俺は彼方を好きにならないし、彼方も俺をそういう意味で好きにならないから大丈夫」 「そんなの分かんないじゃん。夏希は口は悪いけど可愛いし、ツンと見せかけてちょーっと心を許した人には激甘だし……ギャップにやられて絶対に好きになっちゃうよ!この人たらし!」 「きも……」 「夏希に彼氏ができたらどうしよう。兄ちゃん、生きていけない……」 さっきまで機嫌よく野菜を刻んでいたのに、急に手を止めて萎れた花みたいになってしまった。 俺が本気で恋愛できないの知ってるはずなのによくそういうことを言えるよなと一瞬思ったけど、純粋なブラコンの塊だから自分以外が俺のことを構うのがただ気に入らないだけなんだろう。 「彼方くんに会ったら、早いうちからマウント取っとかないと……」 「すぐそういうこと言う……。俺の友達なんだから兄貴には関係ないじゃん」 「関係あるよ!俺が丹精込めて育てた可愛い夏希を、友達だろうが彼氏だろうがどこぞの馬の骨とも知らぬやつに取られるなんて……そんなのもう、想像しただけで生きて行かれない……無理、死ぬ……」 「兄貴、吹き零れるから火止めて」 何やら怖いことを言い出したから深く触れない方がいいと思って無視してガスコンロを止めるように頼んだら、「今それどころじゃない」とか言って両手で顔を覆っておいおいと泣き真似をし出した。 こうなった兄貴はもう使い物にならない。有無を言わさずキッチンから退場してもらった。リビングで静かにテレビでも観ていてもらいたいところだけど俺から離れる気は少しもないようで、キッチンカウンターに居座って作業を眺めていた。 「兄貴はさっさと彼女作って結婚すればいいのに」 「なんでそういうこと言うの!?俺は夏希しかいらないのに……。夏希も兄ちゃんがいればいいんだから、あんまり俺以外と仲良くしないでよね」 ちょっと病んでるどころか、ブラコンを拗らせすぎて普通に病んでるみたいだった。もはやブラコンという名の病気だ。メンヘラも入っちゃってるからどうしようもできない。 兄貴ってこんなんだったっけ……。気のせいだと思いたいけど、離れて住むようになってからブラコンに拍車がかかったような……。 普通にしていればただのハイスペックお兄さんなのに、一度ブラコンモードに入ってしまうとなかなか終わらないからかなり厄介だ。仕事のストレス緩和になれば、と思ってブラコンモードの兄貴を野放しにしてたのが良くなかったな。だんだんひどくなってきている。 「とにかく、マウントとかまじでやめろよな」 「夏希に近づく者は誰であれみんなライバル、敵なんだよ。夏希を幸せにできるのは世界中探したってこの俺しかいないのに……」 「まじ引くわ……」 そういうことを思っていたとしても、せめて心の中に留めておいてほしかった。 俺のことを幸せにできる人間は自分以外にいないなんてそんな幻想、どうすれば思い付くんだろう。そういうのは普通、弟じゃなくて彼女とかに抱くものだろう。兄貴はどこで道を間違えてしまったんだろうか。特殊な訓練でも受けてんのかな。……うん、きっとそうだ。だって俺は何もしてないし。勝手に兄貴がおかしくなっただけだ。 そうであってくれと願わずにはいられなかった。

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