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作業の片手間に兄貴の相手をしながら冷蔵庫にあった残り物で簡単な昼ごはんを作った。
兄貴が帰ってきたときはいつもこんな感じだ。久しぶりだからって手の込んだ料理にすると兄貴が調子に乗るから、誕生日とか特別な日以外はそういうのはしない。
「夏希のご飯はいつ食べても美味しいなぁ」
「それはどうも」
「夏希の手料理を食べるために生きてると言っても過言じゃないな。あぁ、俺、今めちゃくちゃ生きてる……」
「はいはい、黙って食え」
一人の時とは違って食べてくれる相手がいると美味しく作らなきゃなって気合いが入る。料理をやり始めたきっかけが兄貴だったから、兄貴に褒められればそれなりに嬉しいものだ。
ほぼ毎日連絡を取っていても、仕事で無理してないかとかちゃんと寝てるのかとか電話やメッセージだけだと本当のことは分からないから、こうやってちゃんと帰ってきてくれるとホッとする。まあ一応そういう心配をしてるんだっていうのは恥ずかしくて伝えられないけど。
心配している一方で、兄貴の相手をすると気力と体力がごりごり削られてめちゃくちゃ疲れるから、帰ってくるのは毎月じゃなくて三ヶ月に一回……でも多いか。やっぱ半年に一回くらいで十分だろう。……ああ、でもそれだと帰ってきた時に反動で大変なことになりそうだから、俺自身のためにも月一でガス抜きは必要だな。
「今年の夏休みは友達とどっか行ったりするの?」
「んー、彼方と勉強会するくらい。それ以外は特に何もない」
「高校生なんだからもっと青春したらいいのに……」
「誘われれば行くけど……。つーか、そうしたらしたで兄貴が面倒くさいじゃん」
さっき自分以外と仲良くするなって言ってたくせに今度は友達と遊べとか、一体俺にどうしろというのか。それを指摘すると兄貴は難しい顔をしていた。
「たしかに夏希が構うのは俺だけがいいとは思ってるけど、『お兄ちゃん』としては友達と遊んだり今しかない青春を送ってほしい、かな。まあ夏希が楽しければ何でもいいんだけど」
「ちょっと意味が分からん」
「うーん、難しい問題なんだよねぇ。『俺個人』と『お兄ちゃんとしての俺』は少し違うみたいな、そんな感じ」
「あー、分かったような分からないような……」
そうは言ったものの兄貴の説明を聞いても余計に訳が分からなくなるだけだった。何か矛盾してないか。
そもそも完璧人間な兄貴の思考回路を理解しようとする方が無理な話なんだけど。とりあえず俺のことを思ってくれてるのは伝わってきた。
さんざん気持ち悪いことを言われたり勝手に友達厳選をされたりしても兄貴を嫌いになれないのは、血が繋がってるってだけじゃなくて俺のことを無条件で愛してくれてるからだ。
俺に誠実であろうとしてくれるし、俺には嘘をつかないし、誰よりも信頼できる。兄貴の言動は通常時もそうだけどブラコンモードの時は特に、そのままの意味で丸ごと受け取れるから俺を傷つけるようなことがない。少なくとも兄貴は俺を傷つけようと思って言ってない。
それに、小さい頃から一番憧れている存在でもあるから俺の中で兄貴はいつも正しかった。
もちろん引くしイラッとくることもあるけど、そういう裏の意味を持たない言葉は全部正しく聞こえてくる。俺はバカだから兄貴の言うことに従ってれば傷つかないとさえ思ってる。
兄貴に厳選されていなくなった友達に対して、理由を問い正すこともなく離れていくのをただそうかと受け入れるだけだったのも、『兄貴がそうするなら』『俺には兄貴たちがいるし別にいいか』と思っていたからだ。自分でも自分のことを随分と薄情なやつだと思う。
結局のところ、人を見る目に自信がなかったから兄貴に選んでほしかっただけなのかもしれないな。
「簡単に言えば『ずっと一緒にいれるわけじゃないから俺がいないときは仕方なく、百歩譲って、兄ちゃん以外を構ってもいいよ』ってこと」
「ああ、なるほど……」
ブラコン全開な兄貴の言動を見るたびに純粋な愛情ほど気持ちの悪――たちの悪いものはないと思うけど、こんな兄貴に憧れているとか俺もブラコン扱いになっちゃうんだろうか……。兄貴もブラコンじゃなければ尊敬する所しかないのに、ブラコンだからどれだけハイスペックでも打ち消し合うというかプラマイゼロというか……むしろマイナス要素の方が強いような気がする。まあブラコンモードも二人きりの時だけに発動するからまだ救いようがあるか。
どうか彼方がいる時に発動しませんように、と心の中でそっと祈った。
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