77 / 95

B:4-1

深夜に夏希から今日は行けないと連絡が来た。こんな時間に夏希の方からメッセージを送ってくるなんて何事だろうと不思議に思って見てみたらそんな内容だったから、少し腹が立ってして電話をかけてみれば様子がおかしいと心配されて、一体誰のせいでこんなことになってると思ってるんだと余計にイライラした。 『誰かさんのせいで』なんて嫌味ったらしく言ってしまったけど、俺が勝手に悩んでるだけで夏希は何も悪くないんだよな……とイライラがモヤモヤに変わって、それは寝て起きても収まることはなかった。 夏希との約束が無くなりはしたものの、モヤモヤを抱えたまま大人しく家で課題をやる気になんてなれなかったから、気分転換も兼ねて電車に乗って少し遠くまで出かけることにした。 午前中とはいえ真夏日の真っ昼間に、用事があるわけでもないのに外出するなんて自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。普段の俺なら絶対にやらない。でも家にいたとしてもずっと胸に居座ってるモヤモヤは消えないし、きっと夏希のことを考えてしまって何も手に付かない。こうして外に出て別のことに気を取られていた方が幾分かマシだろう。 むしゃくしゃして久しぶりに暇つぶしの相手をしてくれるお姉さんでも探そうかなと思ってたけど、電車に揺られているうちにそんな気分じゃなくなってきて、最寄り駅から四つ目の駅でふらっと降りた。初めて利用する駅だからちょっとした冒険心が刺激されて、何か面白い事ないかななんて少し期待しながら改札を出る。小さい頃カナと二人だけで、田舎のお祖母さんの家に行った時と似たような気持ちだった。 駅から出て右手側は最近になってかなり開発されたらしく雑誌やテレビで紹介されていたような若者向けのお店が立ち並んでいて、俺と同じように駅から出てきた人たちはほとんどそっちへ流れていった。ここら辺の学校はどこも夏休みだからお洒落な店は俺と同年代の人たちで賑わっているだろう。いつも浸っている騒がしさに今は飛び込む気分じゃなかったから、それを避けるように反対側の少し落ち着いた通りへと入って、特に目的も決めずぶらぶら歩き始めた。 「あちぃ……まじ溶けそう……」 それにしても暑すぎる。天気予報ではたしか最高気温が三十五度を越えていたはずだ。地図アプリを表示したスマホを片手に、どこか涼める場所でもないかと探しながら日陰を選んで歩いているけど、周りはただの住宅ばかりでやっているのか怪しいお店を時々見かけるくらいだった。 大人しく人の流れに乗って向こうの通りに行けばよかった、今からでも引き返すかと後悔し始めた頃、何気なく目をやった路地に古びた看板を見つけた。吸い込まれるように近づいてみると、窓から見える店内は灯りが点いていて人の話し声も聞こえる。アプリには載ってないけど、ここはちゃんと営業してるみたいだ。 何となく気になって木製の古びたドアを開けて中に入ると、マスターらしきダンディーなおじいさんが軽く会釈をしてくれた。なかなかレトロチックな内装だ。 「いらっしゃいませ。……えっ、遊佐先輩?」 カウンター越しにマスターと話していた若いウェイターが俺を見るなり目を丸くした。向こうは俺を知ってるみたいだけどすぐには思い出せなかった。『遊佐先輩』って言ったからもしかしてカナの後輩かもしれないな。そうだったら面倒だななんて思っていたら、その人は俺のところへ駆け寄ってきてへらっと笑った。 「遊佐遥果先輩、ですよね?わぁ、夏休みなのに会えるなんて嬉しいなぁ。あ、こちらへどうぞ」 愛想のいい笑顔でカウンター席へ案内されてメニューを渡される。店内には俺の他にも数人お客さんがいて、ゆったりとした時間を楽しんでいるようだった。クラシカルな書体で記されたメニューの中から適当にアイスティーを頼んで、常連客らしきおじさんの所へ行ってしまった彼に目を向けるとばちりと視線がぶつかった。どこかで見たことがあるような気がするんだけど……どこだったっけな。 カナじゃなくて俺の名前が出てきたってことは普通科の生徒かもしれない。中学時代の後輩って可能性もあるけどそんなに後輩と関わりのある部活じゃなかったから、どっちにしろ思い出せないことに変わりはなかった。

ともだちにシェアしよう!