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「えー、ほんとに?」 「ふふ、みんなボクみたいなのより先輩のような人に興味があるんですよ」 控えめに笑う彼にどこか儚さを感じた。 ああ、なんか分かった気がする。きっとこういう雰囲気だからみんなガツガツしないんだろうな。見守っていたくなるような存在というか、クラスで孤立している感じもしないし程よい距離を保てているんだろう。 そういう距離で人と接せられることが……なんだか少し羨ましかった。 周りから理想を押し付けられるのは好きじゃないのに、それと自分の身に降りかかるであろう面倒事を天秤にかけて、俺は他人の理想像を演じて手に入る平穏を選んでしまった。だから今さらどうにもできない矛盾を抱えている。周りに人が集まってくるのを許容しているのは自分だけど、踏み込んだことを質問されたり体に触れられたりすると自分のテリトリーに土足で踏み込まれたような気がして落ち着かないし、自分に向けられる好意が鬱陶しく感じることだってよくある。 俺の周りにいる女子目当てに話しかけてくる男子も少なからずいるし、そうして出来上がったグループをうざったく思ってる一部の人たちから、『無法地帯』だとか『調子にのって遊んでるだけだ』って裏で言われてることも知ってる。 結局のところ何が言いたいのかというと、俺の周りで騒いでる人とは上辺だけの付き合いでしかないしそれ以上の関係になりたくはないと思っているし、みんなに心を開いているように見せて実際は一歩たりとも踏み込まれたくない。だけど急に周りから人がいなくなるのは怖い。初めに取った選択が間違っていたせいで自分で自分の首を絞めている。 だから、周りから見守ってもらえるタイプの彼が少し羨ましかった。 他の学科長が周りの生徒とどういう関係を築いているのか詳しくは知らない。でも、俺みたいになってるってのは聞いたことないし、同じ顔を持ってるカナも上手くやってるように見える。学科が違えばそこにいる人たちのタイプももちろん変わってくるんだろうけど、周りの生徒との距離を正しく掴めていない感じがするのは学科長になる前もなった後もずっと変わらない。 「……大丈夫ですか?」 「え?」 「いや、少し暗い表情をしていたように見えたので」 「……そう?気のせいじゃない?」 まさか気付かれると思わなくて内心ドキッとした。あまり他人に本心を知られるのは好きじゃない。 そんなに分かりやすい顔してたなら気を付けないとな……。変に勘繰られるのも嫌だからへらりと笑って違う話題を探す。 「夏木くんは彼女いないの?」 「あー、そういうのはあんまり興味がないと言いますか……」 「健全な高校生だっていうのにもったいないね。彼女だって可愛い子選び放題じゃん」 「その言葉、そっくりそのまま先輩にお返ししますよ。先輩こそ、彼女作らないって有名ですよね」 「んー……可愛い女の子は好きだけど、今は彼女はいらないかな」 彼女作らないのは噂じゃなくて事実なんだけど。 『今は』なんて言ったけど別にこれまでも彼女がほしいと思ったことはあまりなかった。強いて挙げるなら伊折に彼女ができた時とかに俺もほしいな~とふわっと思うくらいで、相手に告白された時にたまたまその時の気分で受け入れても結局すぐ飽きて別れたくなってしまう。だから彼女を作らない理由を聞かれても『面倒くさい』『そういう気分だから』と答えてきた。 俺だって相手が女子なら誰でもいいわけじゃない。どちらかといえば可憐で守ってあげたくなるような子よりは、クールで綺麗な人が好きだ。それこそ夏希みたいに意志が強くてツンデレで…………って、ああもうほんとに……。 もう、ここまできたら一種の呪いみたいだな。 最近は――というか少なくとも夏希と関係を持つようになってからは――同じ学校の女子に手を出してないし、相手がそういうのを求めてきても全部断っている。伊折によれば『あの遊佐に彼女ができたらしい』なんて噂もあるらしい。実際にできたのは彼女じゃなくてセフレだったんだけどね、なんて言えるわけもなく。そうやって都合よく勘違いしてくれている人がいるならそのままにしておこうと思っている。 「遊びでいいから相手されたい、って言ってる女子が一年生にもたくさんいますよ」 「ええ……そんな噂まで広まってるの?さすがに一年生までは相手できないかなぁ。年上の方が好みだし」 「うわ~、大人だ」 カウンターの中で俺たちの会話を聞いていたマスターも夏木くんの『大人だ』発言に笑っていた。いかにも人生経験が豊富そうなマスターからしたら、俺も夏木くんもまだまだ子どもだろう。

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