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それから学校のこととか夏休みの過ごし方とかそんな他愛ない雑談をして過ごした。部活に所属しているわけでもバイトをしているわけでもなくて特に決まった予定がない俺とは違い、彼は部活やら文化祭の準備やらで結構充実しているらしく実に高校生らしい生活を送っているようだった。 ちなみにこの喫茶店はマスターである彼のお祖父さんが経営していて、彼は学校がない時はここでバイトもとい手伝いをしているらしい。 幼い頃からここに出入りしていたから常連さんとも親しいようで、その彼と話していたからかただ単に物珍しかったからか俺も何度か常連さんに声をかけられた。俺が入店してから何人かお客さんが来て店内がだいぶ賑やかになって、騒がしいというよりは昔からの友達と談笑しているような、そんな感じの居心地のいい空間だった。 そういえば何時になったのだろうと手に取ったスマホが、タイミングよくメッセージの受信を知らせる。送ってきたのは俺が出かけたことに気付いたらしいカナで、内容は昼ご飯を食べるかどうかの質問だった。店に入ってもう一時間近く経っていたらしい。 『食べる』とだけ返信して、アイスティーの残りを喉に流し込んだ。 「そろそろ行こうかな。お会計お願いします」 「はーい、了解です」 慣れた手つきでレジを打つ姿に、しっかりしているんだなと感心した。会計が終わると店の外まで見送りにきてくれて本当に子犬みたいだった。 「今日は来てくださってありがとうございました」 「これから文化祭もあるし何かと関わるだろうから、その時はよろしくね」 「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします」 また来ることを彼と約束して駅まで歩き始める。相変わらず思考も溶かしそうなほどの気温だったけど、店で涼んだおかげか幾分かマシな気がした。 電車に揺られながら彼との会話で感じたことを思い返す。窓の外に流れる景色は馴染みのない街並みで、物思いに耽るにはちょうど良かった。 雰囲気や仕草が似ているってだけの全くの別人に夏希を重ねてしまった。それくらい俺の中で夏希の存在が大きいものになっているという事実を突きつけられて途方にくれる。胸に居座るモヤモヤの原因が夏希なわけがないんだ、この俺がセフレに振り回されるわけがないんだと目を背けて絶対に認めたくなかったけど。これだけ夏希のことを考えてしまっているんだ、もう認めざるを得ない。 どうあがいたって、他のセフレにしてるみたいに簡単に夏希を切るなんてできないだろう。だって夏希はもうそれ以上の存在になっているんだから。 好き、なのかな……。 悩んでた原因が夏希だったことについてはこの際開き直るとして。それだけなら良かったものの、その中に潜んでいたこの感情は自覚してしまうとかなり厄介な類いのものだ。いや、まだかなりふわっとしているけど。 ……というか、本当にそうだとしたらあまりにも慣れてなくて扱いに困る。俺も夏希も男だなんて理由はセフレをやってる時点で俺の中では成り立たない。 これとひどく似た感情を向けられることはあっても自分が誰かに対して向けることはなかったから、今までの自分を否定することでもあるのかもしれない。いつも受け取る側で相手に受け取ってほしいと思ったことなんて思い出せる限り一度もなかった。 これは本当に信じていい感情なんだろうか。 一時の気の迷いなんじゃないか。 この感情を認めてしまえば自分を苦しめることになるのは目に見えている。今よりもっと悩むに違いない。じゃあ認めたくないのかどうかといえば……それすら分からない。 無意識のうちにこの感情が芽生えたから夏希が特別になったのか、夏希が特別だったからこの感情が芽生えたのか。どちらにせよこの気持ちが隠れていたからあんなにモヤモヤしていたんだろう。夏希が特別なのも執着して嫉妬するのも、全部これのせいだと考えれば辻褄が合うような気もしてくる。 たぶんきっと、そう簡単には消えてくれない。そんなに容易いものではないことは分かる。ただでさえお気に入りのセフレなのに、この感情があるかぎり俺は夏希を手放せない。 だから、これ以上重くさせないようにするにはどうすればいいのかを考えるしかなかった。

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