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A:2-7
まさか彼方があんな勘違いをしてたなんて。驚きを通り越して笑えてくる。一体どこで勘違いしたんだろうか。
確かに遊佐の顔とか声は好みだけど、あいつと付き合うなんて考えられない。だって俺のことを都合の良いセフレとしか思ってないし、ヤる相手に困らない遊佐が男と付き合うはずがない。
もし万が一何かおかしなことが起こってあいつが男と付き合ったとしても、それは俺じゃなくてもっと可愛いくて愛嬌のあるやつだろう。愛想も口も悪い俺が相手なんて百パーセントない。
……それに、俺だって幸せになれない恋愛なんてもう懲り懲りだ。
彼方に鎖骨を吸われて零れそうになった声を押し殺す。なぜかあいつに対抗心を燃やしてるらしい。遊佐は遊佐でどうしようもないけど、彼方も彼方でほんと変なやつだ。頭の良い人間は変人が多いって兄貴が言ってたけど、彼方を見るに本当にそうみたいだ。
昼間ヤったとき、覚えてる限りではあいつはキスマークなんて付けてこなかった。なのにどうしてキスマークなんか付いてるのか。ヤってる最中ならまだしも、あいつが事後にわざわざ付けるとは思えないし、付ける意味が分からない。彼方みたく『コミュニケーション』とか言うようなやつでもないし……。いや、コミュニケーションでキスマーク付けるのもどうかと思うけど。
そんなことを考えていたら、鎖骨の他にもうひとつ首筋に付けられた。
「……おい、付けすぎだろ」
「たったの二つだよ?ハルはこんなびっしり付けてるのに」
「知らねぇよ……。こら、もう付けんな、やめろ」
「えぇー……」
これ以上構ってたらもっと付けられる気がしたから、彼方からガードするように頭からタオルケットを被って横になる。「まだ付けたりないんだけどー」とか文句を言う声が聞こえたけど全部無視した。
キスマークってどれくらいで消えるのかな……。彼方曰く結構付けられてるらしいけど背中じゃ見えない。別に誰かに肌を見せるわけでもないけど、付いてるって思うとなんか変な感じだ。
そんな心配をしていると、同じように寝転がった彼方が後ろから抱きしめてきた。背中に顔を埋めているのか、俺の名前を呼んだ声がくぐもっている。
「…………夏希は今、好きな人はいるの?」
「……いない」
「……付き合ってる人は?」
「いねぇよ。つーかなんでそんな話題になってんの」
「お泊まりに恋バナは付き物でしょー」
彼方の言葉を受けて思い返す。泊まりのときって恋バナってするもんなのか?……そういえば中学の時の修学旅行とか、夜になるとみんなで集まってしてたような気が……。まあ俺は自分の恋愛について話せなかったから、聞き専だったけど。
「夏希は、初恋はいつ?」
「……そんなの、覚えてねぇよ」
聞こえてきた単語に心臓が跳ねた。
初恋か……。
彼方には『覚えてない』って言ったけど、本当は覚えてる。忘れたくても忘れられない。
……忘れるわけがない。
自分の恋愛対象は男だと自覚したのは中二の時。初めて他人に恋をした。
それまでは、周りのやつらが『好きな人できた』『彼女できた』ってはしゃいでるのを聞いて、『俺にも早く好きな人できないかな』って漠然と考えてただけだった。女子という存在を可愛いと思うことはあったし、初恋を経験するまで俺も自分の恋愛対象は女だと思ってた。
だから初めて好きになった相手が男で、恋愛として好きなのは自分と同じ男なんだと気づいたとき、周りと違うということがすごく不安だった。一番仲の良かった友達にも相談できなかったし、当時は家族にもカミングアウトなんてできなかった。
……それらが、俺が初恋を忘れられない原因ではないけど。でももう過ぎたことだ。あまり思い出したくない記憶だし思い出さない方がいい。振り返ってもあの頃の俺の傷を抉ることになるだけだ。そっと心の奥底に仕舞っておこう。
「……そういうお前の初恋はいつなんだよ?」
「俺ー?聞きたい?」
「……いや、やっぱいいわ」
「えー、聞いてよ。俺の初恋はねぇ……」
自分が話したいだけじゃねぇか、と思いつつ真後ろにいる彼方の声に耳を傾けた。
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