大切な記憶なのか彼方は穏やかな口調で話し始めた。自分にとっての初恋があまり良い思い出じゃないからか、彼方が一体どんな表情をしているのか気になって寝返りを打つ。目が合うと彼方はふっと微笑んできて、そして伏し目がちに話を続けた。 「俺の初恋は、小三の時。夏休みに母方のお祖母ちゃんの家に一ヶ月間くらい泊まりに行ったんだ。その時に近所の公園で出会った子が、俺の初恋のお相手」 「へー、どんな子だったんだ？」 「すごく可愛かった。もうほんとに可愛くて、当時八才だった彼方くんの心をがっつり掴んでいった」 小学生のときの初恋というのだから一目惚れとかそういう感じなんだろうか。きっと純粋な初恋だったんだろうな。 あいにく俺は女子に恋をしたことがないから、単純に可愛いと思うことはあっても、女子のどの部分を好きになるのかよく分からない。俺の周りの男子は胸とか脚とか外見的な部分についてよく話してるけど、それは好きになることと関係あるんだろうか。まあ、俺が遊佐の顔を好きなように、外見の好きから入る恋愛もあるんだろうな。どっちにしろ、彼方の場合はもっと内面的なところを見てそうだ。 「お祖母ちゃんの家は自然に囲まれた所だったんだけど、周りに同年代の子どもがいなかったからその子とは毎日のように遊んだんだ。二人で鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり……」 「二人で？遊佐は？」 「ハルは外遊びが好きじゃなかったから。ごくたまーに気が向いて来るくらいで、いつもは俺とその子の二人だけだったかな。公園で遊んだり、家の近くの小さな川で魚捕まえたり、いろんなことして遊んだなぁ」 「年上？」 「どうだったっけなぁ……。年齢なんて気にしてなかったから覚えてないんだよね。ただ一緒に遊ぶだけで楽しかった。何をしても可愛い子だったなぁ」 「ふっ、惚れすぎだろ」 「はは、自分でもそう思うよ。未だに『あの子はどうしてるかな』って思うときがあるもん」 「お祖母さんのとこに行けばまた会えるんじゃないのか？」 「それがね、俺が帰ってしばらくしてから引っ越しちゃったんだって。田舎だから近所付き合いはある程度あったみたいだけど、どこに引っ越すかまでは言わなかったみたい」 それなら探しようがないよな……。どこかでばったり会ったりしない限り見つけるのは難しいだろう。それにお互い成長してるから街中ですれ違っても気づかない可能性あるよな。 「名前は？覚えてねぇの？」 「それがね、『なっちゃん』って呼んでたことしか覚えてないの。お祖母ちゃんも親も、俺が『なっちゃん』って呼んでたからフルネームまでは覚えてないんだって」 「ありきたりなあだ名だよな。俺も小さい頃そう呼ばれてたし」 今も姉貴がたまにふざけて『なっちゃん』と呼ぶことがある。……そういえば、小さい頃は背も低くて顔立ちも女みたいだったから、よく周りの男子から『なつきちゃん』ってからかわれてたよな、なんていらないことまで思い出してしまった。 「まあ、もう好きってわけじゃないから探そうとは思わないけどね。偶然どこかで会って向こうも覚えててくれたらラッキー、みたいな」 そんな感じ、とあくびをした。ひとしきり話し終えて満足したらしく、「おやすみ」と言って俺を抱きしめたまま眠ってしまった。 ……彼方も、初恋を大切な思い出のひとつとして扱ってる。 別に比べるようなことじゃないし、恋なんて人それぞれだと思うけど。 自分の初恋とその結末が多少なりとも特殊だったからか、みんな綺麗な恋をしてきたんだと思うと少し羨ましかった。俺ももっと普通の恋がしたかったな、なんて気持ちが一瞬湧いてしまって、途端に悲しくなった。普段はそんなこと思わないのに。 無性に人肌が恋しくなって、目を閉じて少しだけ彼方の方に体を寄せた。