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じわじわとあの時の感覚が甦ってきて、息がしにくくなって、それで目が覚めた。深呼吸して、夢だったことを確かめる。 まさか自分のレイプシーンまで夢に出てくるなんて。まあ、初恋と切っても切れないから出てきたんだけど……。ため息をついて隣で気持ち良さそうに眠る彼方を見ると、荒れていた心が凪いでいく。 ちなみに夢の中の続きはどうなったのかというと、結局、隣の部屋で寝ていた初恋相手が騒がしいことに気づいて助けてくれたらしい。俺はすでに落ちていて意識がなかったからその時のことは詳しく知らない。 気づいた時には自分の家にいて、それから三日間くらい高熱にうなされただけだった。 後から聞いた話によると、初恋相手は俺を助けたあとすぐに兄貴に連絡し、俺を引き取りに来た兄貴に『自分が誘わなければこんなことにはならなかった』と土下座までしたらしい。相手が悪いわけじゃないのにそこまでさせてしまった自分が情けなくて、その話を聞いた日の夜こっそり泣いた。 後日俺をマワしたやつらが謝りに来たらしいけど、俺はそいつらに会いたくなくて兄貴が対応してくれたから、そこら辺は何があったのかよく分からない。 でも大事にはしたくないという俺の気持ちは尊重してくれたみたいだった。みんなすごく酔っていたし反省していたらしいから、一晩の過ちとして一生触れないことにしようってなったんじゃないかと思う。 そして初恋相手もわざわざ謝りに来てくれた。最後の最後まで優しかった。でも俺からしたら逆にそれが一番傷ついた。告白したときに『男が男を好きになるなんて気持ち悪い』とばっさり切り捨ててくれたのなら、まだ潔くその人を諦められたかもしれない。 けど、あんな風に『俺のせいだ。ごめん』なんて言われたら、想いを断ち切れないに決まってる。大人たちにレイプされたことや女とそういう行為をするのがダメになったことより、相手が責任を感じて俺から離れていってしまったことの方が何倍も悲しかった。それくらい、好きだった。 ……あの人、今頃どうしてるかな。 なんてそんなことを思ってしまった。 いやいや、どうするも何も普通に生活してるだろ。あの頃の恋愛を引きずってる自覚はあるけど、まだあの人のことが好きってわけじゃない、……たぶん。最近はそういうことをする決まった相手がいるから思い出す回数も減ったけど、遊佐と関係を持つ前はいつもあの人のことを考えていた気がする。好きじゃないどころか、未練たらたらって感じ。 初恋があんな終わり方をしたから、これから先まともな恋愛ができるかどうかも分からないし、どんな終わり方をするのか考えてしまって怖くなる。 ……どうせ女相手に恋愛なんて無理だし、男を探してまで恋愛したいってほどでもない。ヤりたいときにヤるって関係が一番いいんじゃないかって思ってしまう。今は遊佐だけだけど前みたいに何人か見つけておこうかな……。いつ遊佐に切られるか分からないし、何か言われてるわけじゃないけど。まあ、遊佐ほどの好物件はなかなかないだろうけど、相手を探すあてに困ってはないから少し頑張れば見つかるかもしれない。 遊佐の顔が好みだから、同じ顔をしてる彼方ももちろん好みなんだけど、彼とはどうこうなろうとは思ってない。遊佐みたいなヤリチンと彼方を一緒にしちゃ駄目だ。彼方に失礼すぎる。 ……遊佐本人が言ってた通り、本当にそっくりなのに中身は全然違う。双子でもこんなに変わるもんなんだな。そういえば遊佐からメッセージが入ってたっけ。明日も同じ時間に待ち合わせするらしい。 体を寄せて穴が開くんじゃないかってくらいじーっと見つめていたら、彼方の長いまつげが震えて瞼が持ち上げられた。 「…………ん……なつき?どうしたの?」 「あ、ごめん、起こした。何でもない」 「……うそ、何かあったって顔してるよ。悪い夢でも見た?」 俺を見つめてくる彼方の指先が頬を撫でていく。彼方の手は肩から背中へと滑っていって、そのまま引き寄せられぎゅっと抱きしめられた。いつもの俺ならきっと文句の一つや二つ言うんだろうけど、抱きしめられた体温が心地よくて彼方の胸に額をつけた。トクトクと少し速い鼓動が聞こえてきて、夢のせいでどこかへ行ってしまった眠気を誘う。 「まあ、そんなところ。でも大丈夫だから」 「……そう?ならいいんだけど……おやすみ」 「うん、おやすみ」 あやすように彼方に頭を撫でられてだんだんと眠りの波に飲み込まれていく。 今度は幸せな夢を見た気がした。

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