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書斎は一階の北側にあるからか、冷房を点けていなくても他の部屋より涼しかった。父さんの書斎だけど立ち入り自由だから、俺もハルも普段から本を借りに来ている。 デスクだけじゃなく床の上にも積み上げられた小説や専門書を少しずつ分けながら、メッセージで送られてきた手がかりを頼りにそれらしきものがないか探す。俺はいつも借りたら元の棚に戻すけど、部屋の持ち主がテキトーな所に置くせいでこの有り様だ。さすがに散らかりすぎだろう。 分かりやすい所にあればいいけど……残念ながら見える範囲にはなかった。至る所に作られた本の山の中を地道に探すしかない。ハルと手分けをすることも考えたけど、余計な作業が増えそうだったからやめた。 「わっ、……ああもう、何でこんなものまで……」 捜索のついでに片付けようと本をジャンルごとに仕分けていたら、近くにあった山にぶつかって床に雪崩れてしまった。上にあったものがなくなって出てきたのは俺たちの幼少期のアルバムで、ずいぶん懐かしいものが出てきたと驚く。どうせ父さんが見返して片付けなかったんだろう。こういう大切なものほどちゃんと扱ってほしいのに。まったくあの人は……。 例の忘れ物は、それから十五分ほど探し回って書類の山に紛れ込んでいたのを見つけた。何の変哲もない白い長形封筒だ。封のところにハートマークが書かれているのと切手も宛名もないからきっとこれに違いない。ひっくり返した書斎の片付けは帰ってきたらやることにして先に届けてしまおう。 荷物を取りにリビングに戻ると、ハルはテレビをつけっぱなしにしてスマホをいじっていた。出かけることを伝えてから家を出る。一番近いバス停まで歩いて行くと、運良くちょうど病院方面行きのバスが来た。 バスに揺られること約三十分、病院に着くとちょうど総合案内カウンターの近くに知り合いの看護師さんがいたから父さんを呼んでもらった。お昼休憩の時間が取れたら来れると思うけど、いつの時間帯も基本的に忙しいから果たしてどうだろうか。無理そうだったら渡しておいてもらおうと決めてしばらく待っていると、後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれた。どうやら大丈夫だったみたいだ。最近は特に、家に居てもあまり会うタイミングがないから久しぶりに顔を見た気がする。 「はいこれ」 「ありがとう。いやあ助かったよ、これがないと仕事頑張れないからな。……中身、気になる?」 「いや別に……」 「まあまあ、そんなこと言わずに見てくれよ~!この間のデートで撮った、ママの写真!」 「…………、そんなものをわざわざ?」 「『そんなもの』ってなんだ!ほら、見てみろこの笑顔。この笑顔によって救われる命があるんだぞ。本当にママはいくつになっても可愛いなぁ」 封筒から出てきたのは写真の束で、しかも母さんを写したものばかり。何枚かツーショットの写真もあったけど、こんなに母さんを撮ってるなんて……さすがにちょっと引いた。いや、仲が悪いよりは良いに越したことはないけど、ただ……こういう時どんな反応をすれば正解なのか未だに分からない。他の科の看護師さんや患者さんがいる前で嬉々として堂々と妻への愛を語れる部分は尊敬するけど、いい歳した医者がそういうキャラで通ってるわけでもないだろうし……、何より周りの視線が痛い。このまま締まりのない顔で惚気話を続けさせたら、『外科の遊佐先生』の威厳が崩れ去ってしまいそうだ。少なくとも俺の中にある『医者』の理想像は崩れるから、自分のためにもさっさと切り上げて帰ろう。 「用も済んだから帰るね。いい加減、書斎片付けた方がいいよ。やっておこうか?」 「うんうん、片づけておいてくれると父さんとても助かるんだけどな~」 帰り際に一応確認をしておこうと思って言ったら、予想していた答えが返ってきて思わず笑ってしまった。 「あ、彼方。書斎のどこかにお義父さんから送られてきた荷物があると思うんだけど、それも中身を確認して片づけておいてくれ」 「宮瀬のお祖父ちゃんから?了解。それじゃ、仕事頑張ってね、おとーさん」 父さんが『おとうさん』と言う時は母方のお祖父ちゃんを指している。 今日は特にこれといって大事な予定はないし、書斎だけじゃなくて他の場所の掃除もしようかな、とか頭の中で午後の予定を立てながら病院を後にした。

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