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……そういえば、ハルの初恋の話を一度も聞いたことがない。歴代の彼女やセフレのことは人づてだったり本人から聞いたりで大体知ってるのに、よくよく考えてみれば初恋はいつだったのかとか相手が誰だったのかとかは全然知らない。ハルの恋愛には巻き込まれたくなくて首を突っ込んでこなかったけど、やっぱり少しは気になる。 「いつも俺のことばっかりだけど、そういうハルはどうなの?」 「え、何が?」 「ハルの初恋についてだよ。全然聞いたことないけどどんなだった?」 「……何も面白くないよ。別に普通」 言いたくないのかふいっと顔を逸らす。この手の話題になるとハルはいつも適当に流すか開き直って教えてくれるかなのに、今のはそのどちらでもなかった。何だこの微妙な反応は……。 十六年間も一緒にいて初めて見る反応に、つい好奇心が刺激された。 「え、なに、ハルの初恋ってやばい感じ?禁断の恋的な?」 「いや、別にそういうわけじゃ……。ほんとに、普通だって」 「ふわっとしてるなあ。じゃあ相手はどんな感じの人だった?」 俺の問いには何も答えず、これ以上触れてほしくなさそうな表情をしたのを見て妙に引っかかりを覚えた。どうしてこんな反応なんだろう。別におかしな質問ではないと思うんだけどな。すごく言いづらそうにして、俺にさえ言えないようなことって一体何があるんだろうか。そんなに重い話題ではないと思うんだけど。 「もしかして、誰かを好きになったことがない、とか?」 「…………は?」 冗談半分で放った言葉に明かにハルの顔色が変わった。何かまずいことを言ってしまったことを察して、慌てて『ハルに限ってそんなことないよね』とフォローを入れると今度は気まずそうな顔をしたものだから、まさか……とこっちも気まずくなる。 「え、…………まじ?」 「まともに恋愛したことないどころか初恋もまだしたことない人間が、彼女やセフレ作ってたら悪い?」 「……いや、悪くはないと思うけど……。まさかハルが、とは思うでしょ」 実際に行動に移すかどうかは置いといて、たしかに付き合うのに両想いじゃなきゃいけないなんてことはないし、ただヤるだけなら恋愛的な意味で好きじゃなくてもいいわけで……。恋愛と性欲を切り離して考えるのは悪いことではないと思う。 「あぁ……、もう何でよりによってその話題振るかなぁ!?セフレとか彼女とかについてだったら何でも話せるけど!初恋についてだけは一番触れられたくなかったのに……!どうせ心がないとか思ってんだろ……」 絶望に打ちひしがれるように両手で顔を覆ってしまった。ハルにとってそこまで深刻な話題だったなんて予想外で、ここまでの反応をされてしまうと好奇心よりも心配する気持ちの方が勝ってくる。 「……えっと、ごめんね?……大丈夫?」 「大丈夫なわけないでしょ……。カナってたまにピンポイントで痛いところ抉ってくるよね。怖いわ」 「ほんとにごめんって。……相談ならいつでも乗るから」 こんなに落ち込んでるハルはなかなかレアでついお節介を言ってしまった。言ってからうざがられるだろうなと思ったけど、意外にもハルはその気になったらしい。 「……カナは恋してる時、どんな気持ちになるの?」 「え、それ聞く?んー、俺の場合は……ふとした瞬間に相手のことを考えることが多くなったり、一緒にいると楽しくてずっとこのままでいたいとか思ったり……」 「…………」 「その人の好みとか趣味とか全部知りたくなったり、今までの思い出を共有したくなったり、その人のこれからの人生がほしいと思ったり……そういう感じかな。あくまで俺の場合は、だけどね」 夏希と過ごした時間が頭に浮かんでくる。今のを夏希に伝えたらロマンチストだとからかわれそうだ。 俺の言葉を黙って聞いていたハルはきゅっと唇を噛み締めて頷いた。 「うん、それ聞いてやっぱり今までのは違うんだって思った。そんなの一回も思ったことないもん」 「でもほら何を思うかって人それぞれだし、気づいてないだけで本当は好きってことも……あるかもしれないじゃん?」 「うん、ないね。俺も何度かそう考えたことあったけど……今の話を聞いて確信に変わった。そもそも相手に対してそこまで興味がなかったもん。やっぱ好きじゃなくてもヤれるんだなぁ」 「クズじゃん」 まあ、そのクズさがハルらしいといえばハルらしいんだけど……。誰かを好きにならないのも束縛というか独占欲が強すぎるのが原因なのかな。それ以上に諦める潔さがあるから相手に深入りしようと思わないんだろう。 情が一切湧いてなさそうなところを見ると今までハルと付き合ってきた子たちが不憫でならない一方で、だったらその子たちと同じ様に夏希のこともさっさと飽きてくれないだろうかとも思う。それとも『お気に入り』はこういうところまで例外なのだろうか。

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