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一通り騒ぎ終えた姉貴はやっとほとぼりが冷めてきたみたいで通常運転に戻った。もう帰る時間らしく、取りに来たという荷物を抱えた姉貴を玄関前の外階段で見送る。 「ずっと引きこもってないで、たまには外に出なさいよ?腐るからね!」 「腐ってんのは姉貴の頭だろ」 俺の言葉に同意するようにルルが鳴いた。外に出たっていうのに逃げ出そうともせず大人しく腕に収まってるこの猫は、野性的な部分が麻痺してしまったのだろうか。撫でてやれば機嫌良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。元孤高の野良猫サマは、今や完全に懐柔された飼い猫ちゃんだ。 真夏の星空の下、階段に座ってルルを撫でながら、姉貴の車が見えなくなるまで外にいた。 あいつを背負っての帰宅という大仕事と、じわじわと纏わりつくような熱帯夜の空気、おまけにずっとルルを抱っこしていたから結構汗をかいた。あいつが起きる前にさっとシャワーを浴びてこようと、部屋まで着替えを取りに行く。ルルも鈴を鳴らし軽快な足取りで着いてきた。 入ろうとしてドアノブに手をかけたら、内開きのドアが急に開いて前につんのめった。あ、これ、転ぶ。 「うわっ!」 「わっ!!……だ、大丈夫?」 感じた衝撃はフローリングではない柔らかいもので。咄嗟に閉じた瞼をそっと開いて確認すると、覗き込んできたそいつの端正なお顔が目と鼻の先にあった。相変わらずのイケメンだけど……なんか、違う。 違和感を覚えて、目の前の男から離れて見てみる。 俺を弄ぶ奴にそっくりだけど、あいつじゃない。 それじゃあ、こいつはいったい誰なんだ? 「……誰?」 「え?」 「俺の知ってる遊佐じゃない。あんた、誰?」 「ふふ、俺も『遊佐』なんだけどね。もうバレちゃったのか」 『バレちゃった』? 何が面白いのかにっこり笑ったそいつは、俺の両手を取って、そしてあろうことか握ってきた。びくっと肩を跳ねさせた俺を見て、さらに笑顔になる。 「俺は、遥果の双子の弟の遊佐彼方。よろしくね、八重夏希くん」 「は?双子!?」 そういえば、準備室であいつ、弟がいるとか何とか言ってたな。双子だなんてそんなこと、一言も聞いてない。完全にあいつ本人だと勘違いしていた。 双子というだけあってあいつに顔はそっくりだけど、ここにきてやっとまともに聞いた声はあいつよりもほんの少し低かった。でも本当に声も顔もそっくりだ。 注意して見てみれば、弟……こっちの方が少し髪が長いくらいか? 「って、なんで俺の名前知ってんの?」 「ハルがいつも話してるから。ハルとかなり相性がいいらしいね?」 「あい、しょう……?」 「そう。……これ、のね」 伸びてきた手が俺の身体を撫でた。首筋から胸へと下りて、脇を、背中を滑っていく。そしてたどり着いたのは―――― 「ひっ!な、何すんだよ!?」 「ねぇ、ハルと相性がいいなら、俺とも相性いいんじゃない?試してみようよ?」 「や、やめろ!ルルがいる前で!触んなっ!殴るぞ!」 「…………っく、ふふふっ!あははっ!」 俺の尻をわし掴んで、突然声を上げて笑いだした遊佐弟。怯えてその顔を見上げれば優しく尻を撫でられた。 何なのこいつ……超怖いんだけど……。 「ははっ、その反応可愛いね。安心してよ、俺はハルみたいなことしないから」 「……それなら、今すぐその手を退かせ!今度こそ殴るぞ!」 「はいはい、そんなに可愛く怒らないの。……ハルがなっちゃんのこと気に入ってる理由、分かったかも」 「は?『なっちゃん』?」 『なっちゃん』って……まさか俺のこと?そんな呼び方するのはふざけたときの姉貴くらいだ。こいつは女みたいな呼び方でこれから俺のことを呼ぶつもりなのか? 納得いかなくて聞き返せば「そこ気になるんだ?」とまた笑われた。

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