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「なっちゃん」 「女みたいな呼び方やめろ」 「夏希くん」 「……別に『くん』は付けなくていい」 「夏希」 「……ん」 あいつによく似た声で自分の名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。あいつは俺の名前なんて滅多に呼んでくれない。いや、一度も呼ばれたことないな……?え、まじで呼ばれたことなかったっけ?いやいや、一度くらいは……。 そんなことを考えていると遊佐弟に抱きしめられた。匂いまで同じとか、ますますあいつにされてるみたいでドキドキする。頭では違うって分かってるんだけどな……。 「夏希」 「ん、なに?」 「嬉しそうな顔してる」 「は?嬉しくなんかねえよ!」 よく見ろ、と顔を上げると、拗ねて唇を尖らせた遊佐弟がいた。そんな表情しても可愛いくなんか……。 「……ハルに呼ばれてるみたいで嬉しくなっちゃったんでしょ?ひどいなぁ。俺は『彼方』なのに……」 「ご、ごめんって!拗ねるなよ!……つーか遊佐、お前体調は?」 「名字じゃなくて『彼方』って呼んで」 「話聞けよ。体調はどうなの?」 「ちゃんと『彼方』って呼んでくれなきゃヤダ」 俺を抱きしめたまま、つーんとそっぽを向いてしまった遊佐弟。なんだこのめんどくさいのは……。呼べば機嫌が直るとでもいうのか。 「……なた」 「全然聞こえませーん。俺はハルじゃなくて?」 「か、彼方!」 「うん、なぁに?夏希」 やっと名前を呼んでもらえて嬉しいのか、彼方は顔を綻ばせた。やばい、キュンときた。 同じ顔だからあいつだと錯覚してしまっている可能性も無きにしもあらずで……。いやでも、あいつは絶対にこんな笑顔見せてこないし!あいつと彼方のどっちにドキドキしてるのか分かんねぇ……。 「お前、体調は大丈夫なのかよ?」 「ああ、見ての通り、全然大丈夫だよ。ちょっと風邪気味だっただけだから」 「でも、なんであんなにぐったりしてたんだよ?それなのに学校にも来てたんだろ?家で休んでたら良かったのに」 あいつが体調は悪いけど学校には来てるらしいと言っていたことを思い出して尋ねると、彼方は気まずそうに目を逸らした。 「準備室で聞いてたでしょ?ハルが家庭教師から逃げるから俺が代わりに出てたの。それのストレスと普通に風邪気味、あとは勉強による睡眠不足と疲労、かな」 「もっと自分の体をいたわってやれ……って、あそこに俺がいたの気づいてたのか!?」 「隠れてたつもりなんだろうけど……、夏希の後ろにあった姿見で、俺のところから丸見えだったよ?」 「っ!!最悪だ……!」 ドンッと拳で彼方の胸板を叩く。痛いよ、と笑われたけどそれどころじゃない。まさかこんなに早く誰かにバレるなんて……。 いくら服装は整えてあったからといって、やましいことをしていたのは事実。あんな狭い部屋に遊佐と二人でいたってことは、さっきの言動からして彼方も何をしていたか気づいているだろうし……。もう、恥ずかしくて死ねる……。 「もうお前、今日は帰れ!」 「わっ、ちょっと夏希!落ち着いてって!今日のは別に良くない!?服着てたし!」 「それ、どういうことだよ!?」 『今日のは』って、それじゃあまるで、前に服を着ていない俺を見たことがあるみたいな言い方じゃ……。 「…………ま、さか……」 「あー、えっと……部屋に女を連れ込むなって注意しようと思ったら……ね?まあ、あれはハルが悪、痛っ!」 「っ~~~~!!今すぐ忘れろ!記憶から消せっ!」 声にならない声を発した俺の振り上げた右拳は、胸板に下ろされる前に彼方に捕まって指を解かれた。解かれた指の間に彼方の指が絡まって、組まれた手のひらがぴったり合わせられる。 それに気をとられている俺の顎に彼方の右手が添えられた。ついでに唇もぴったり合わさった。 ……彼方の、唇が、俺の、くちに? え?なんで?おれたち、きす、して……? 「あ、落ち着いた。っていうか、固まった」 「なっ、おま、い、…………」 混乱しすぎて思考回路がフリーズした俺から彼方が離れていく。必死に言葉を紡ごうとしている口は無意味な音を零すだけだった。 「おーい?夏希?聞こえてる?」 「にゃぁん」 「っ、い、きなりなにしてくれてんだっ!!ふざけんなよっ!」 俺の足下で代わりに返事をしたルルの声で、俺はやっと我に返ったのだった……。

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