『お気に入り』はもうただのセフレじゃないんだ。夏希が男だからって理由を付けて逃げなければ、こんなに悩むことはなかったんじゃないのか。自分らしくないなんて意地張ってないで素直に認めてしまえばよかった。 好きなのかな、じゃなくて、好きなんだ。 これは不確定な一時の気の迷いでもなく、紛れもない本心だ。ふわっとしていた悩みがどうしようもない確信へと変わった瞬間、両手で顔を覆った。 どうしよう、どうしよう、どうしよう。 夏希のことが好きだから、夏希のことで悩んでらしくもなく振り回されるし、自分以外に相手がいるんじゃないかって思ってイライラする。何より、誰にも渡したくないって思う。夏希はずっと守ってきたこだわりを揺るがしてしまう、まさにさっきカナが言っていた通りの存在だ。 「最悪だ……」 「……ん？どうしたの？」 「……いや、何でも……」 『俺以外の人のものにならないと確信したら本気で好きになれるかも』なんて偉そうなこと言える立場じゃなかった。 今さら好きだと自覚したってどうすればいいんだ。夏希は俺のことをただのセフレとしか思ってないだろう。……だって俺がそうやって扱ってきたんだから。散々セフレとしていいようにしておいて、今さら好きだなんて都合が良すぎる。 それに、どうして夏希を好きになったのか自分でもよく分からない。今の時点で夏希だから好きになった、と自信を持って言うこともできない。 本当になんとなく、気づいたら好きになっていた。もしかしたらこの好きも勘違いなのかな。誰かを好きになった経験がないから分からない。『都合のいいセフレだったから』なんてことはさすがにない……よな。 もしかして俺って元々ゲイで、夏希が男だから好きになったのか？……いやでも女の子は可愛いと思うし普通に勃つし、夏希以外の男性に対して抱きたいとかそういう感情を持ったことは一度もない。ということは、たまたま好きになった人が男性だったってだけで、別に男性が好きなわけじゃないか……。 好きだって伝えたところで夏希が離れていく未来しか見えない。俺の顔と声は好きらしいけど俺の全部を好いてくれてるわけじゃない。特別嫌われてないってだけだ。真剣に恋愛なんてできないと最初から諦めていたし、出会いが出会いだっただけに友達じゃなくてセフレとして関係を始めてしまったけど、まさかこんなことになるなんて思ってなかった。 俺は一人の相手と真面目な関係を築くより多くの相手と一晩だけの恋をしたいタイプだったはずなのに。 これ以上深入りしたらもっと近くにいたい、それこそ恋人になりたいって、そう願ってしまいそうで怖い。でも友達になんてなれないしセフレじゃなくなったら関係が切れてしまうだろうからやめることも考えられない。それならこの気持ちは隠したまま、今まで通りセフレでいたほうがいいんだろうか。でもそれじゃあ、今までと何も変わらないし……。 ……俺は、夏希とどうなりたいんだ？ ひとつでも選択肢を間違えたら関係が終わることだけは分かるけど、恋愛初心者過ぎてこういう時どうしたらいいのかまったく分からない。 「……カナは、成功する見込みがゼロでも告白する？」 「男なら当たって砕けろの精神で行くべきだよね」 「やっぱりそうか……」 「……って言いたいところだけど、その人に本気ならあらゆる手段を使って成功率を高めてから告白するかなぁ」 さすがというか、カナはそういう下準備系はしっかりしそうだもんな。直接アピールしつつ外堀から埋めるタイプなんだろう。俺と夏希には共通の友人もいなければ埋められる外堀すらない。そもそも夏希に関して知っていることなんて友達以下だ。身体についてはある意味知りすぎてると言えるけど、一般的なこと――好きな食べ物や色さえ知らないし取れる選択肢が限られてくる。 「てかハル、そういう質問してきたってことは心当たりがある人いるんだ？」 「え、いや、別にそういうわけじゃ……」 「毎回思うけどハルの彼女になる子っていろいろ大変そうだよなぁ。その子のことが好きならちゃんとそういうのも考えてあげなよね」 『彼女になる子』か……。 性別なんてあまり気にしてなかったけど周りからしたら同性同士で恋愛するって普通じゃないのか……。法的に守られるわけでもないし子どもができるわけでもない。ここ数年、社会全体でだんだんとマイノリティーを受け入れていく雰囲気になっているけど、まだ大多数に完全に認められたわけじゃないみたいだし。テレビやネットで流し見していた問題がこんな形で自分の身に起きようとは思ってもみなかった。 どう、すればいいんだろう……。 同性と付き合ってる知り合いなんていないしこんなこと気軽に相談できる相手なんていない。 誰に相談すればいいのかも分からない。一人で抱えなきゃいけないのかって、一気に不安になる。 世間一般から『普通』とされていることから外れるのは、こんなにも怖くて孤独なことなのか……。