16 / 95

A:1-8

しばらく八つ当たりをしていたらだんだん頭が冷えてきて、キスされたことを不満に思って睨み付けると彼方は目を細めて「なぁに?」と笑っていた。ああ、この笑い方、あいつが楽しんでるときと同じだ。キスしてきたのも俺の反応が見たかっただけなんだろう。 構うだけ無駄だと判断して、クローゼットから下着と部屋着を取り出し部屋を出た。すぐに彼方が追いかけてきて隣に並んできた。 「夏希?どこ行くの?」 「シャワー浴びてくる。……彼方も浴びるか?」 「え、一緒に?」 「んなわけねえだろバカ。あ、でもお前……」 立ち止まって少し上にある顔をまじまじと見れば、彼方はにっこり笑って見つめ返してきた。家に連れてきたときは熱も結構あったから心配したけど今は元気みたいだ。……でもあんなにぐったりしてたし、本当に大丈夫なんだろうか。 「ああ、熱ならもうないよ?夏希の手厚い看病のおかげですっかり治っちゃった」 「じゃあ、お前もシャワー浴びたら?どうせ汗かいただろ」 「うん、ありがとう」 なんか……あいつにそっくりの彼方と、言ってる内容はこれからヤるってときのとそんな変わらないのに、なんの下心もない会話をする。不思議な感じだ。 あいつとはたぶん下心なしでは会話できない。今までそうだったから。校内ですれ違ってもお互いに視線を合わせるくらいで声はかけないし、あいつがヤりたくなったら呼び出されて、ヤって、それで終わり。落ちた俺をベッドで寝かせてくれることはあっても、セックスしたあと恋人みたいに戯れることなんてない。前戯はあっても後戯はなし。あいつの遊びに付き合ってるだけ。思えば、そういう扱いを受けることに虚しいとかあんまり感じたことなかったな。 「やっぱり一緒に入りたいなぁ……」 「一人ずつに決まってんだろ」 「えー。……シャワー浴びてる時に体調悪くなったらどうしよう」 「っ、そうだなやっぱり一緒に……いや一緒には入らねぇからな!つーか、無理に浴びろとは言ってねぇし」 「うーん、あとちょっとだったのに残念」 危なかった……。心配する気持ちを煽るなんて、こいつ、なかなかの策士……もとい悪魔だ。着いてくる気でいる彼方を部屋に押し返して、ささっと手早くシャワーを浴びた。 髪をタオルで拭きながらクーラーがきいた部屋に戻ると彼方がルルと遊んでいた。遊んでいるというか、じゃれついてくるルルを適当に構ってやってるだけなんだけど、ルルも彼方にはすっかり懐いたみたいだ。 「彼方、バスタオルは洗面台の上に置いてあるやつ使って。シャンプーとかも自由に使っていいから」 「ありがとう夏希。それじゃ、行ってくるね」 彼方は立ち上がるついでに俺の鼻頭にちゅっとキスを落としてから軽い足取りで部屋を出ていった。いきなり口にキスされたときは理解できなかったけど、鼻にされるくらいだったらあいつと同じ顔だし別に驚きはしない。彼方のやつ、距離の縮め方もあいつと同じで早いんだな。そんなたいした会話もしてないのにもう心を許してしまってる自分に驚く。あいつに似てるからそうさせるのか、単に彼方の距離の取り方が上手いのか。 「……ルル~、どっちなんだろうなー?」 ベッドに寝転がって腹の上に乗せたルルに聞くとあくび一つで返された。彼方と遊んで満足したのかそのまま俺の上で眠ってしまう。クーラーが効きすぎた部屋であったかいルルを抱いているのが心地よくて、ルルにつられて俺もいつの間にか眠っていた。

ともだちにシェアしよう!