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B:3-3
夏希を取られたくないって思ってるのは紛れもない事実だ。別の人が相手だったならここまで執着はしないだろう。それくらい夏希を気に入ってるから、知り合えばカナも気に入ると思った。それに性格も、俺よりもカナの方が合うだろうから、夏希もカナのことを気に入ってしまうと思った。
……夏希を取られるかもしれないって考えるなんて、俺がカナに負けてるって自分で思ってるのと一緒だ。
…………そんなのありえない。
「……今まで悩んでいたのがバカみたい」
「は?悩んでた?」
「知り合ったら弟のこと気に入っちゃうかも、とか」
「っ、なんだそれ。お前もそんなこと考えるんだ?」
「ね。俺もこんなの初めて」
夏希はカナのことを知らなかった。カナが一方的に見かけただけで、二人に面識はない。たったそれだけでこんなにも安心するとは思わなかった。
もし本気で夏希に興味があるなら、家の外で接触するだろう。わざわざ俺のいる所で関わろうとはしないはず。だって俺と同じでカナも、自分が気に入った人を俺に取られるのが嫌だから。
たとえ万が一、二人が知り合ったとしても、夏希を自分のところに留めておけるように努力すればいいだけのことじゃないか。
夏希の手を引いて中に入る。
玄関にはカナの靴があったから鉢合わせる可能性は消えなかったけど、もう焦ってはいない。廊下を進んでリビングの横を通りすぎようとした時にテレビの音が聞こえたから、カナはリビングにいるみたいだ。
二階に上がって自分の部屋に行く。もちろん鍵はかけた。邪魔してくるものは何もない。カナのことも気にする必要はない。
シャツを脱がしながら夏希をベッドに押し倒して跨がる。引いていた手を指を組むように繋ぎ直すと、夏希は驚いて見上げてきた。恋人繋ぎなんてやったことなかったもんな。
「で、キスマークの犯人は誰?」
「え……お前、まだ怒ってたの?」
「うん。ずっと怒ってるよ。俺とヤってるのに他にも相手を作るなんて、随分と体力が余ってるみたいだね。もうちょっとハードなプレイの方がいいかな?」
「そ、そんなわけ……。お前だって、勝手につけただろ!こんなの付けるとかどうしたんだ?」
話を逸らそうとしてくるからイラっとして俯せにさせる。付けた時と同じように上からなぞって吸い付いて噛んで、自分が付けた痕を濃くしていく。夏希は、昨日付けた時は眠っていたけど、今日は吸い付く度に吐息を漏らしてちゃんと反応していた。
「わざわざ見えにくい背中につけたのに。誰に教えてもらったの?」
「……ふ、風呂入った時に気づいたんだよ」
「本当に?じゃあ俺が付けた覚えのないここのキスマークは?誰がつけたの?」
「…………知らない。虫刺されだろ」
「いや、これは絶対キスマークだね」
そう断言できるのは今までの経験と、それ以上に勘だ。
俺が付けたのは背中と首筋。首筋といっても後ろの方だから夏希が鏡を見たとしても合わせ鏡でもしない限り見えないはず。背中のキスマークも付けられたと知って鏡で確認するならまだ分かるけど、キスマークの存在を知らずに身体を捻ってまで鏡を見るとは思えない。
夏希は俺が付けたキスマークの存在を知らないはずなのに知っていて、見覚えのない二つのキスマークに関しては「知らない」と言うだけではぐらかそうとする。この二ヶ所にキスマークを付けられたことを知ってるみたいなのに。……付けられているところを見ていたのか、ここに付けたんだと後から言われたのかはどうでもいい。いや、それも気に入らないけど、この可愛い反応を誰かにも見せたかもしれないということの方が気に入らなかった。
俺が付けたキスマークの存在を夏希に知らせて、その上キスマークを付けたやつがいる。
「まじ、ムカつく……」
「っ!痛ッ……!強いって!んんっ……」
「誰?誰がつけたの?」
夏希に他人の痕跡があることにイライラが止まらなくて、自分の物だと主張するために更に痕を増やす。
「や、やめろって!おい、聞いて……っん、あっ……!」
「答えて」
「遊佐っ!」
夏希の顔の横についた手の甲に爪を立てられて我に返る。
見下ろした夏希の背中は、散らしたキスマークとその上から付けた歯形で真っ赤になっていた。強く噛みすぎて血が滲んでいるところもある。
「遊佐、やめて……痛い……」
「……ごめん、やり過ぎた」
震える体を抱きしめると、振り返った夏希の目には涙が浮かんでいた。恐怖を感じさせてしまうほど、怒りに身を任せて噛んでいたらしい。
素直に謝る俺を見て夏希は仰向けになって空いている方の手を伸ばしてきた。ぱちん、と弱く叩かれた頬を優しくさすられる。
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