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どっかの誰かさんと同じで甘党な父さんに、ココアを入れてあげてから部屋に戻った。部屋着から私服に着替えてベッドに寝転び、スマホを操作してカナとのトーク画面を開く。『さっさと帰ってきて鞄返して』と送ると、すぐに既読がついて『分かった』と返事がきた。 まめなカナは基本的に返信が早い。まあ、勉強してる時は全然返ってこないけど。通知を切ってるっぽいのによく気が付けるよな。カナのスマホが着信以外で鳴っているのを見たことがない。 ついでに今どこにいるのか聞こうと思って文字を打っていると、急に部屋のドアが開いた。 「はい、荷物」 ノックもなしにすたすたと入ってきたカナは勉強机の椅子に鞄を置くと、呆気に取られている俺を一瞥して何も言わずに出ていこうとした。慌てて呼び止めると、カナは半分開けたドアを閉めて部屋の中に戻った。 「いつの間に帰ってきてたんだよ!?」 「え?三十分くらい前だけど。リビングで独り言言ってたから声かけない方がいいかと思って、玄関からそのまま部屋行った」 「そ、そっか……」 まさか父さんよりも早く帰ってきてたなんて。しかも悩んでいるところを見られてた……。父さんは声をかけてくれたから気づいたけど、それって二人に気がつかないほど考え込んでたってことだ。 ほんと、バカみたい。あいつがちょっとお気に入りだからって、セフレごときであんな悩むなんてまったく俺らしくない。 「話はもういい?」 「待って。昨日、誰の家に泊まったの?母さんから友達のとこって聞いたけど」 「……ハルに関係ある?」 「ないけど、カナが泊まりとか珍しいじゃん」 「俺も人間だから羽を伸ばしたい時くらいあるんだけどね。いつも誰かさんの尻拭いさせられてるし」 尻拭いをさせてる自覚があるから何も言えなかった。俺のことを分かってくれて、要領の良いカナに甘えてしまっている部分は確かにあるけど……。 「俺だっていろいろ大変なんだよ」 「ふーん、『大変』ねぇ。今まで自分が遊ぶためにさんざん面倒事を俺に押し付けておいて、どこの口が『大変だ』なんて言うのかな?そうそう、昨日も結局、授業受けなかったんだって?あの人から、何故か俺のところに、メール入ってたよ」 静かに怒るカナの顔がにゾッとした。ああ……、自分で埋めた地雷を踏んでしまったようだ。何度も注意されていたのに、また家庭教師をすっぽかしたことについて本気で怒ってる。普段は温厚なカナが怒るととんでもなく怖いし、それだけカナに負担をかけてしまっていたってことだ。そのせいで体調が悪かったみたいだし、そのカナに蹴りを入れてまで俺は逃げた。恩を仇で返してしまった。カナの悪いところなんか一つもない。百パーセント俺が悪い。 「次からはちゃんと出るから……」 「本当だな?次、約束破ったらそれなりの対応を取るから。……まあ、お泊まりは楽しかったから感謝してるくらいだけど。ハルがあのまま大人しく家に帰ってたら、俺は外泊なんてしなかったからねぇ」 真っ黒いオーラを消してふっと笑ったカナに、やっぱり何かあったのだと分かった。勉強以外で楽しく感じるものがあったのか、と考えてしまうくらいカナは勉強ばかりしてるから、息抜きとして何か楽しみがあるのは良いことなんだろうけど……。なんか、カナらしくないと思ってしまう。 「じゃあ、俺は部屋に戻って勉強するから。くれぐれも女を連れ込まないでよね」 「分かってるって」 いつも通り俺に釘を刺してからカナは出ていった。話の雰囲気的に彼女ができたわけではなさそうだ。昨日の夜、カナが家に帰ってきた形跡はなかったから俺が逃げたあとに友達の所へ行ったんだろう。 あの勉強大好き人間なカナの友達ってどんな人なのか、ちょっと興味がある。まあ、聞いたとしても教えてくれないんだろうな。 暗転したスマホの画面をつけると打ちかけだった文を消して、あいつとのトークを開いた。

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