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A:2-1
背中に温もりを感じて重たい瞼を上げる。いつの間にか引かれていたレースカーテンだけでは真夏の日射しを完全に遮ることはできなくて、窓に近いベッドには淡く日光が射し込んでいた。
来てすぐヤったから……寝ていたのは一時間くらいか。腰は痛いけど耐えられない程じゃないし、寝たらだいぶ怠さも抜けたからそろそろ帰らないと。起き上がろうとしたけど、できなかった。それは後ろから伸びている腕に抱かれているからで……。なんだかとってもデジャヴだ。
寝返りをうって振り返ると今朝と同じ顔――いや、同じ顔だけど他人だ――があった。彼方ならまだしも、なんでこいつが一緒に寝てるんだろう。今まで一度もこんなことなかったのに。寝顔なんて見たことなかったし、俺が起きたらいつも『やっと起きたね』って言って、早く帰ってくれないかなって視線を向けてくる。それが、こいつだろ。
決して居心地が悪かったわけじゃないけど戸惑いもあって、でも気持ち良さそうに寝ているから起こさないようにそっと腕を外した。ベッドから抜け出して床に散らばった服を手に取り着ていく。ジーンズのポケットからスマホを取り出して時刻を確認するとまだ昼前だった。
二時から俺の家で彼方と勉強会をすることになってる。家に帰ってシャワーを浴びて昼飯を食べるくらいなら余裕でできそうだ。
書き置きか何か残そうかとも思ったけど、どうせすぐ帰らなくちゃならないんだから別にいいか。こっそり部屋を出て玄関まで行く。家の中は来た時と同じように静まり返っていて、外で鳴いている鳥の声が聞こえた。たぶん彼方も帰ってきてないんだろう。
『ハルには俺たちが会ったこと、内緒にしようね?』
『なんで?』
『サプライズだよ。ハルの知らない間に仲良くなってたって知ったら、どんな反応するのか楽しみだから。だから、ハルが気づいて何か言ってくるまで内緒。あと、俺のことは知らないって体でいてね?』
今朝、彼方はそう言い残して帰っていった。何を企んでいるのか彼方が楽しそうだったし、別に従わない理由も特になかったからとりあえず言う通りにするつもりだ。彼方はあいつが気づくまで、って言ってたけどあの様子じゃ絶対気づかないだろう。一緒にいるとこに鉢合わせでもしない限り、俺と彼方が知り合いだって気づくわけがない。
「うわ、暑いな……」
当たり前だけど外は部屋の比じゃないくらい日射しが強かった。なるべく日陰を歩いて行こう。
そうやって歩いてしばらくして待ち合わせをした公園の近くに差し掛かったとき、前から歩いてきたやつが見知った人間だと気づいた。向こうも俺に気がついて不思議そうに首を傾げている。ちょうど図書館から帰ってきたところらしい。
さっきまであいつとあんなことをシてたから、顔を合わせるのが気まずい。そんな俺の気をつゆほども知らない彼方は、にこにこ笑顔を浮かべて俺の方にやって来た。
「今朝ぶりだね。夏希はなんでこんな所に?」
「ああ、ちょっと用事があって……。彼方は?」
「そうなんだ?俺はね、図書館に行ってきたの。あ、そうだ。お昼ご飯まだならウチで食べていかない?」
「いや、遠慮しとく。遊佐が……おにーさんがいるだろ」
「あ、そっか。そうだね」
今朝言ったことを思い出したのか、それとも俺が『あいつは女を連れ込んでる』って思ってると思われてるのか。まあどっちでもいいけど遊佐家に戻ることは免れた。それに……もしこの顔をしたやつ二人に挟まれたら色々と保たない気がする。
「また、二時にな」
「うん、またね」
炎天下の中で長話をする気になんてなれなくて早々に切り上げて彼方と別れた。
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