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第2話 尻尾

 大学構内で狐に変化(へんげ)した今野と、彼を抱えた大貫の前を、学生たちのグループが歩いて行く。 「今野、黙ってて。もっと小さく丸くなれるか?」  ベンチに一人座る大貫が膝に乗せた黄金色の動物を撫でる。尻尾を隠した狐は通り抜ける学生たちには猫に見えるたようで、『ミスターミステリアス大貫は猫好きなのか……』『動物好きに悪い奴はいない』と記憶された。  ここでは人目に付き過ぎる。隠れなければ。大貫は実験用長白衣の懐に狐を包むと、図書館裏の植え込みを目指して走り出した。途中、ふさふさの尻尾が胸元からふぁさふぁさはみ出して揺れるのを何度も押し込む。 「今野、楽しいの?」  話しかけてもクゥと鳴くばかりで会話にはならない。それでも、何か通じている気がして、大貫は笑った。秘密を共有する高揚感は心地好い。これまでの本性を隠さなくてはいけない重さとは違う種類のスリルだ。  茂みの足元に降ろすと、狐は器用に椿の葉をくわえて頭上に乗せ、クルリッと一回転。白い煙を上げて、いつもの今野の姿に戻った。 「ああ焦った! 見つかるかと思った。大貫、心拍数が上がると変化するだろ? 走ったらやばいって」  余程緊張したのか、今野もテンションが高い。 「そうだった。焦って忘れてた」  ヒトとして暮らしている彼らも、心拍が上がりすぎると変化を維持できなくなる。 「あぶないなあ、バレたら卒業できないだろ」  今野が苦笑する。人目が無いとはいえ、会話は小声で。 「抱えられているのも気持ちよかったけど、俺はこっちの方がしっくりくる」  今野の腕が背後から大貫を包み込む。ふさふさの尻尾と同じ暖かさを感じて、頬を摺り寄せた。 「よかった。軽蔑されたらどうしようってずっと悩んでて。大貫が同類でよかった」 『同類……種は違うけど。それを話すのは後でいいか』  大貫は敢えて今は言葉にしなかった。  怖くて言えなかった気持ちを伝えることが出来る。なんだ、やっぱり両想いだった。そうだと思ってた。心が軽くなった大貫は、今野に抱き竦められたままくすくすと笑う。頬をぺろりと舐められた感触に驚いて身を捩ると、瞳を覗き込む今野と視線がぶつかった。 『キスキタ!』ふたりの期待感が揃い、影が重なった。  ポンッ!  音を立てて水蒸気が広がり、変化の解けた狸と狐が落ち葉の上に尻もちをついた。  ドキドキの初めてのキスを阻んだのは、お互いの心拍数。  ヒトとして付き合ってきた相手が、目の前で四つ足に姿を変えることに頭が追い付かない。ましてや、今野は初めて大貫の正体を知ったのだから、尻もちついでに腰を抜かすほど驚いた。  『た、狸……! 大貫は狐じゃないの?』  今野の狐の口ではヒトの言葉を紡げなかった。

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