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君とおでんを食べたい(2)
それでもこの部屋に招くのは初めて。大抵はホテルか、谷川の部屋だ。
凄くドキドキする。心臓が口から出そう。今脅かされたら心臓止まるかもしれない。そのくらい落ち着かない。
そんな時、インターホンが鳴って思わず「ふぎゃ!」という声が出た。
『先輩、きたよ』
「今開ける」
オートロックを解除して、次には室内のベルが鳴る。出迎えると濃紺のコートにジーパン姿の谷川が、手に袋を提げて立っていた。
「お邪魔します。後これ、お土産」
「あぁ、うん」
中を確認するとビールと小さめのケーキの箱。甘い物が好きな俺の為に買ってきてくれたんだろう。
谷川は珍しそうに部屋を眺めている。
単身者用の広めのワンルーム。入ってすぐ右手は狭いがキッチンがあり、左側にはトイレと風呂がある。リビングのドアは開けっぱなしで、正面がそのままコタツだ。
「やっぱ想像通り、綺麗にしてるんだ」
「まぁ、一応は」
そんなにじっくり見られるとちょっと恥ずかしい。
部屋に入ってもあれこれ見回している。
「物はあまりないんだね。テレビに、ベッドだけなんだ」
「服とかはクローゼットに収まる程度だし、パソコンはノート型だから」
コートを脱いで渡したハンガーにかけて、玄関近くのラックにかける。その間に谷川はコタツの中に入って「あったけ」とくつろぎ始めた。
「少し待っててくれ。今お酒とお通し持ってくから」
貰ったビールとケーキは冷蔵庫に。ついでにグラスも二つ冷やす。そのかわりに昨日の夜に作っておいたジップロック入りの鶏胸肉を取り出した。
日本酒とクレイジーソルトで味をつけてジップロックに入れたまま蒸した簡単鶏ハムはお酒のつまみには美味しい。これにニラを刻んでポン酢を少々とごま油で香りをつけたそれも用意する。
それと一緒に茹でた鶏皮を軽く炙って細かく刻み、そこに沢山のネギともみじおろしを入れて小鉢にする。
徳利に実家から送ってきた日本酒を注いで湯煎にかけて温まるのを待っていると、不意に後ろから腕が伸びて抱き込まれた。
「こら!」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
悪戯するみたいな色気のある声が耳元にかかる。身長はあまり変わらないが、普段から鍛えているらしい谷川とは体格が違う。
「エプロン姿って、どうしてこんなに色っぽいのかな。先輩の後ろ姿見てたら、触りたくなったんだ」
「こんな場所で盛るな! んっ!」
後ろから伸びた手がエプロンと服の間に入り込んで、布越しに乳首を摘まむ。それだけでピリッと快楽が走って、僅かな声が漏れてしまう。
「ここ、気持ち良くなったよね。最初は全然だったのに」
「誰がこんなっ、あ……」
「オレ、だよね」
「んぅぅ!」
クリクリと捏ねられたり摘ままれたりすると体が反応してしまう。気持ち良くて腰が沈み込みそう。シンクに手をついて崩れそうな体をどうにかしている状態で、谷川はそれを楽しんでいる。
「エロいな、彰。このままココで、なんてのもいいかも」
「やっ、やめ……」
こんな場所でされたらどうする事もできなくなる。嫌々と首を横に振る俺に、欲情した谷川がニヤリと笑う。そしてエプロンの下、反応し始めている部分に触れようとした。
ピピピピピッ、ピピピピピッ
「「…………」」
熱燗が頃合いだと知らせるキッチンタイマー。それに俺と谷川は顔を見合わせ、どちらともなく破顔した。
「まずはおでん食べながら、晩酌しないか? 泊まってくんだろ?」
「そうだね。先輩のごはん、美味しそうだし」
すんなりと体を離した谷川が、ミトンで丁寧に徳利を摘まみ水滴をふきんで拭く。その間に俺は切った鶏ハムにタレをかけてコタツに運び、お通しも運んだ。
煮えるおでんと、ちょっと味の違うおつまみ。それぞれのお猪口に酒を注いで乾杯をしながら食べるおでんは、いつもの何倍も美味しい。
「美味い! コンビニおでんとは全然違うし」
「当たり前だろ。昨日、頑張ったんだからな」
大根が届いたと言ったら「おでんが食べたい」と言ったのはこいつだ。それに張り切って、昨日は帰ってから仕込みをしてしまった。
「料理上手な奥さんもてて、オレって幸せ者」
「俺は嫁なのか?」
「え、違うの?」
「バカ」
調子よく言う谷川を睨むけれど、そうしている俺もどこか火照っている感じがしている。まったく説得力がない。これじゃ、単なる照れ隠しじゃないか。
「ほら、先輩空だよ」
「んっ」
自分の前にある徳利を持った谷川が空になっているお猪口に酒を注ぎ足す。それをまたくぴりと飲んで、お通しの鶏皮を摘まんで何気ないテレビを見ている。
「もう年末か」
来年になれば谷川の教育係も終わる。そうしたら、部署も離れるかもしれない。こいつはできるから、どこに出しても恥ずかしくない。
でもちょっとだけ、寂しいと思うのは我が儘だろうか。
「先輩」
ぼんやりしていたのだろう、声が近かった。気付けばすぐ隣りに谷川が座っている。
誘い込むような瞳に吸い寄せられて、体を傾けてキスをしてみた。俺も少し酔っているのかもしれない。そうじゃなきゃ、こんな事自分からしたりはしない。
不意打ちを食らった谷川は驚いたように目を丸くしている。それがすこし、面白かった。
「先輩、酔ってる?」
「かもな」
「大胆なのも好きだけど、どうしたの?」
「……教育期間、終わるなって」
「あぁ」
元から期限付きのものなんだから、終わるのは当然。それが寂しいなんて我が儘、通る事はない。それに新人と教育係は終わっても、先輩後輩で同じ会社なんだから顔を合わせる事だってある。
なによりアフターで会えばいいんだから。
不意に後ろから腕が回って、ふわりと抱き込まれた。酒気で少し熱いのを首筋や手で感じている。そして耳元では、楽しそうに笑う声が聞こえている。
「彰さん、可愛い」
「バカにしてるだろ」
「してないよ。とても可愛い。オレと、離れたくないって思ってくれてるんだ」
「っ!」
図星を突かれて素直になれず、ふいっとそっぽを向いた。元々背中から抱き込まれているんだから、視線なんて合わないのに。
「恥ずかしいんだ。耳赤い」
「別にそんなんじゃ……っ」
耳殻を咥えられてビクッと反射的に震えた。くすぐったいような、ムズムズした感じがして落ち着かない。
耳の次は項に、そこから僅かに背中辺りまでキスされると、自然と期待に息が上がった。
「可愛い、彰さん」
「可愛いって、いうなっ」
「可愛いよ。それに嬉しいかも。離れたくないって思ってもらえてさ」
「んっ」
首筋に吸い付かれて声が漏れる。絶対に跡つけただろって感じがする。案外独占欲が強いのか、谷川は体中に跡を残したがるから。
「おでんも美味しいけれど、彰さんも美味しそう。食べ頃かな?」
「バカ、まだ残ってっ!」
「こんなに乳首硬くしてるのに?」
クニクニと摘ままれて、どうしようもなく反応してしまう自分が憎らしい。体はドンドン加速的に反応している。
「とりあえず、火止めるね。そしたら、ベッド行こう?」
甘い甘いお誘いに逆らえる気力は、もう残っていなかった。
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