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第5話
本を読みなれない結木は、この超大作を読むのに一週間もないのはさすがに短かっただろうかと、自分で期限を宣言しておきながら早々に後悔した。けれどそれは全くの杞憂で、繰り広げられるストーリーは疾走感さえありページを捲る手が止まらなかった。休み時間まで読みふけっていると、クラスメイト達は熱でもあるのかと結木を茶化した。
日曜の昼の今日、ついに読み終わり、パタンと閉じた本と共にベッドの上に寝転がった。本を持ち上げ、数日前の湯川のようにまだ綺麗なままの帯を指でなぞってみる。
「モテる、かぁ」
あの翌日、窓側の結木の席からふとグラウンドを見下ろすと、体育の授業のため出てきたのだろう湯川の姿があった。あ、とつい零せば、仲良くしている前の席の康太がなんだなんだと一緒になって下を覗いた。
騒がしい休み時間でも、近くにいた気のいい友人たちが数人集まって来る。
湯川先輩だ、モテるよね。
そう言ったのは誰だったか。
物静かで人当たりがよくて優しいから人気があるんだよ、でも誰の告白も断ってるって。
女子の情報網はあなどれない。ほほ笑みの貴公子と呼ばれていると聞いた時は、さすがに笑ってしまったけれど。
優しい、それは分かる。物静か、確かにそうだろう。少なくとも結木の周りにいる者たちとは違う。ただ、人当たりがいいというのは、結木自身の経験として頷くことは出来なかった。図書室でうるさくしてしまったのだから──結木がというよりは、共にいた女子たちがだけれど──仕方ないと分かっているが、もやもやと得体のしれないものが胸に残る。
湯川蒼生を形容する称賛がしっくりこない、その事実は結木にちいさく唇を噛ませた。
「早く明日になんないかな」
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