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第7話

「こんにちは」 「どうも」  いつの間にか物語に引き込まれていたようで、結木は湯川に声をかけられるまで隣に立たれている事すら気付かなかった。読み進んだ十数ページのところにしおり代わりに指を挟み、湯川に向かい合う。  早く会いたいと願った人がいる、今ここに。 「…………」 「な、なに」 「いや、本物だなぁと思って」 「はぁ? 何それ。変なの」  眉を下げ、苦笑した湯川は結木の隣に自分の鞄を置いた。それからカウンターを見やって、こっちにおいでと結木を手招く。 「返却手続き、初めてだよね」 「ですね」 「ここの箱に入れるだけ、誰かいたら手渡してくれてもいいよ。もし破れたりしたところがあったら正直に委員に伝えてもらえると助かる」 「ふぅん。分かった。破れたりはしてないです」 「了解。じゃあこれで終わり」  結木は読み終わったミステリー小説を湯川に差し出した。それを受け取り手際よく処理を済ませ、湯川は例の作家の特集が組まれている棚に戻す。 「よし。え、っと。まだ図書室に用事ある?」  湯川は後ろをついてきていた結木を見上げそう言った。そんなのあるに決まっているのにと結木は少しだけ眉根を寄せる。図書室にというよりは、湯川に、だけれど。 「湯川先輩と他にも約束しましたよね?」 「あ、うん、もちろん覚えてるよ。そうじゃなくて。僕、今日はもうここでやることないから、どこか別のところで話そうか。結木くん、が良かったら。だけど」 「っ、分かった。ちょっと待って、これ続き気になるから借りてくる」  結木の名札をチラリと確認し、湯川は結木の名字を呼んだ。あぁ、そういう意味か。暗にもう帰れと言われたと勘違いして、どうやら心は痛んでいたらしい。  あからさまにホッとして気が抜けた結木は、さっきまで手にしていた文庫本を掴んで急いでカウンターへ向かう。さっきは気づかなかったがそこには女子生徒がいて、どうやら今日の当番らしかった。彼女は湯川に仕事を押し付けたりはしないタイプなのだろう。ぼんやり考えながら記名したカードを差し出し、踵を返す。 「終わり。行こ、先輩」 「ふふ、うん」 「あ……」 「ん? なに?」 「ううん。なんでもない」  湯川がちいさく笑ったから、結木はつい驚いてしまった。これはきっと“本当”だ。淡くて、すぐに消えてしまう泡のようなものだったけれど。その笑みに共鳴するみたいに、胸がトクンと鼓動した気がした。

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