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第9話
「先輩は……笑わないのかと思った」
「え? ……僕、結木くんが先週カウンターに来た時だって笑ってたよね?」
「そうだけど。あれは本当じゃなかった気がして」
「…………」
結木がそう言うと、バツが悪そうに湯川は顔を逸らした。あぁ、違う。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「あー……ごめん。変なこと言いました」
「ううん……そんな事ないよ。結木くんの言った通りだし。見抜かれててびっくりしただけ」
「誰にも言われたことないの?」
「ないよ。気づいてたら微笑みの貴公子、なんて呼ばないでしょ」
「あは、それ知ってるんですね」
「知ってるよ……全然そんなんじゃないのに」
そう言ってむくれた湯川の表情に結木はほっとする。今のほうが、女子たちが貴公子と呼ぶあの微笑みより断然いいとそう思う。俺の前だけで見せてくれる、なんてことは出逢ったばかりなのだからさすがにないのだろうけれど。
“本当の湯川蒼生”が示すものなら、偽りの笑顔よりずっといい。
「そうだ。あの本の、あー……まだ返さなきゃよかった」
「ん? なに?」
「あのー、主人公がピンチになるところ。あそこが気になってて」
「あぁ、あそこは──」
それからしばらく例のミステリー小説について語り合った。上手く噛み砕けなかった部分を結木が素直に問えば、湯川はどこか嬉しそうに説明してくれる。時折横顔を盗み見ると、少し紅潮した湯川の頬に、結木はしずかに息を詰めた。
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