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第12話

「あ、そう言えばいいものって何? 僕当てたよ」 「へ? あーそれは。えーっと。いいものっていうか、お願いなんですけど」 「え? ふふ、当てた僕が結木くんのお願いを叶えるの?」 「はは、変ですよね。だからもしよかったら、だけど……名字じゃなくて、下の名前で呼んでほしいなぁ、なんて」 「へ……」  そうだ、約束をしたのだった。きっと湯川が間違えていたとしてもそう頼んだのかもしれないと思いつつ、結木はそんな事を言ってみる。  すると湯川は見るからに息を飲んだ。 「湯川先輩?」 「あ、あはは……それはなんだか恥ずかしいなぁ、って」 「いや?」 「うーん、その聞き方はずるいなぁ」  困ったままに眉を下げ、湯川は唸る。それからしばらく間を空けてぽつり呟く。 「誰かのこと下の名前で呼ぶなんて、随分してなかったから」 「そうなんですか?」 「ん……」 「へぇ。俺も呼ばれてない」 「え?」  ちいさく放たれたその言葉を、結木はそっとひろった。湯川の小さな声の裏に、どこか思いきる様な決意が見えた気がした。 「俺の名前読みづらいから。結木くん、って最初に呼ばれてそのままなパターンで。あ、ユウって呼ばれたりもする。名前で呼ぶ人は家族とかだけですね」  別にそれを寂しいと思った事もなかった。男同士ってそんなものだろう。だけど何故かこの人にだけは、湯川には願ってでも下の名で呼んで欲しいと半ば衝動のように結木は思ったのだ。 「そ、っか。じゃあ……えっと。ハル、くん」 「っ! わぁ……」 「ちょ、っと……照れないでくれる? 僕まで恥ずかしくなるから……」 「あはは、湯川先輩、顔赤い」 「う……啓くんも僕のこと言えないからね?」 「あはは! うん。すごい照れる。うれしい」 「ふふ、そっか」  初夏の夕空の下、木陰はひんやりと涼しくて火照った頬にはちょうどいい。もう隠したって仕方ないだろうと、二人して赤い顔を晒し合いくすくすと笑った。

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