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第14話
残暑の日差しを半袖のシャツが跳ね返し、湯川蒼生 は目を眇める。
「あつ……」
眩しさに持ち上げた手を、太陽は窓越しでもジリジリと焦がす。もうすぐ秋のはずなのに──まばゆいままの夏色に困ったように呟きながら、蒼生にはその実どこか浮ついている心がある。ふわふわして、それでいて世界が鮮やかで。こんな風に毎日を過ごす日々がまた来るなんて。
つい笑みがこぼれると、その声はころころと廊下を転がった。
「蒼生先輩」
「へ……うわっ、啓 くん」
まるでそれを拾うかのように思い浮かべていた人物が突然目の前に現れたので、蒼生の声は驚きにひくりと跳ねた。
「うわ、って。先輩ひどい」
数ヶ月前から話すようになった後輩、結木啓 。
啓はあれ以来よく図書室に訪れるようになった。本を借りるためだったそれは、夏休みが明けてからは用事がなくても毎日顔を出し、二人で一緒に帰るようになった。蒼生にとって初めての“仲がいい後輩”であることは間違いない。
そんな啓は今、つい発してしまった蒼生の言葉が気に食わないと素直にへそを曲げている。
「あは、ごめんね。驚いちゃっただけだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
どうやら次の授業は化学で、化学室と二年の教室がある三階へ上がって来たらしい。片手には教科書とノート、それから細いペンケースがある。
蒼生がくすくすと笑う時、啓はきまって黙り込んで、それからやさしく眉を下げて微笑む。今日も見られたその顔に、心の奥がやわらかくなった心地がして蒼生はちいさく息を吐く。
すべてを受け入れてくれるようなその笑顔に出逢う度に、本来の自分を取り戻す様なふしぎな感覚だった。
「おーいユウ、なに急いでんだよ」
「あ、康太」
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