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第15話

 けれど、ほぐれた部分はいとも簡単に強張っていた長い時間を思い出す。  啓以外の人を前にすると決まって、蒼生は静かに深呼吸をして、よくなじんだ微笑みを仮面のように貼り付ける。 「蒼生先輩と会えると思って」 「あおい先輩? あ、なんだっけ、えーっと……思い出した! 微笑みの貴公子!」 「康太」 「あ、はは……湯川です。こんにちは」  真正面からそう呼ばれることはさすがになかったなあ。心の中だけで苦笑して、蒼生は自分の名を告げる。啓の友人なのだと思うとより気が引き締まった。 「いきなり失礼だぞ、康太」 「へ? あおい先輩って呼んだのが?」 「そっちじゃない。でも康太は蒼生先輩って呼ばないで」  喧嘩でも始まってしまったのだろうかと蒼生は一瞬身構えたが、啓からジトリとした目を向けられたところで康太は意にも介さないようだった。むしろ嬉しそうな顔をして、ユウも成長したよなぁなんて泣き真似をしている。 「ちょっと啓くん……」 「……へ。蒼生先輩って、」  どういう意味なのだろうと首を傾げながらも、むくれた顔をしたままの啓を宥めるように名を呼ぶと康太がふと動きを止めた。 「康太」 「はいはい、呼んでいいのはお前だけね。えっと。湯川先輩、ユウのこと啓って呼んでるんすか?」 「え、うん。そうだね」 「そうなんすね! みんな結木とかユウって呼ぶからなんか新鮮っす! そっかぁ、俺も啓って呼んでみよっかなぁ」  蒼生が頷きながら答えると、康太はいっそう顔を綻ばせた。それもダメ、とワガママみたいなことを啓は言うのに、それすら楽しげにケラケラと笑って啓の背をたたいている。  優しい子なのだろうと蒼生は思う。啓の友人に康太がいる、それはまるで自分の事のようにうれしかった。  じゃあ先に行ってるぞ、と康太は蒼生にちいさく会釈をしてから啓に手を振った。つられるように蒼生も手を振ると、啓はどこか複雑そうな顔をのぞかせる。

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