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第16話
「ん? 啓くん? どうかした?」
「んー……蒼生先輩、途中から康太にも“本当”だったなぁと思って」
「へ? 本当?」
「うん。本当の蒼生先輩の顔」
「そ、かな?」
啓の言葉を噛み砕くように、蒼生はつい先ほどの自分を振り返る。
「あー、それは……」
「それは? ……って。先輩、顔赤くなってる」
「っ、」
それは、啓が隣にいて、康太が啓の友人だからに他ならない。たったそれだけのシンプルな答えに行きつく。それを伝えようと思ったけれど、頬がぶわりと熱を持つのが蒼生は分かった。その反応に自分でさえ思考が追いつかないのに、まるで体だけが何か知っているような感覚だ。啓にも色付いたそこに気づかれてしまった。どんな顔をしているのだろうとチラリと見上げると、苦々しげに唇を噛んだ啓が見えた。
「啓くん? 啓くんはなんだか苦しそうだけど……どうしたの? どこか痛い?」
「っ、わ、かんない」
そんな啓を見てしまうと、自分の不思議な感情より啓のほうが大事になる。けれどそう問うても、啓は分からないと首を振る。
「分かんない?」
「なんか、もにょもにょする……けど、何だか分かんない」
大きな手の甲を口に宛がって、ふいと目を逸らされてしまった。あぁ、こんな時、キミを笑顔にできる魔法が使えたらいいのに、なんて。夢みたいな思考が蒼生の脳裏をよぎる。そんなの、叶うわけがないのだけれど。
「啓くん、」
どうにか彼をいつもの笑顔に出来ないか。方法も見いだせないまま名を呼ぶと、それを遮るようにチャイムが鳴り響く。もうこうして話しているわけにもいかないようだった。
「っ、チャイム鳴っちゃったね」
「うん……俺行くね。遅れたら怒られちゃうし」
「うん、急がなきゃね」
啓はそう言って、また、と小さく手を振り蒼生の横をすり抜ける。見送ろうと振り返るとその瞬間、進んだ数歩を戻ってきたらしい啓が蒼生の両手をきゅっと握った。まるで縋る様に必死な表情に、蒼生の胸は大きく音を鳴らす。
「っ、啓くん?」
「今日も、今日も行くから!」
「へ?」
「図書室! 当番の日?」
「えっと、一応、違うけど。行ってみなきゃ分かんないや」
「ん……俺行くから、待ってるから今日も一緒に帰っていい?」
「っ、ん、いいよ」
「よかった! じゃあね先輩!」
もにょもにょの正体、ちゃんと探しとくから! 啓はそう言って、喧騒が収まり始めている廊下を駆け抜けていく。あっという間に見えなくなって、蒼生は知らずの内に詰めていたらしい息を吐いた。
「っ、はぁ……」
教室内に戻りながら、蒼生はうるさく脈をうつ胸をシャツの上からぎゅっと握りこむ。
できればこの鼓動の意味にいつまでも気づきたくない。仲のいい先輩と後輩、それだけでいいのに。
嬉しそうな顔も、苦しそうな顔も、必死な顔も。啓の見せるすべてがこの胸には色濃く残るのだから蒼生は困った。
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