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第17話

 ユウは本当に湯川先輩が好きなのな。化学室に遅れて着くと、康太が脇腹を小突きながらそう言った。それに特別な意味などないと啓は分かっている。先輩に懐いている、そういう意味だ。 『ユウはいつも自分から行動したりしないだろ。あー悪く言ってるんじゃねぇぞ、俺はそんなお前も好きだし。でも、湯川先輩のとこに自分で行って、ク……あはは! 俺は名前で呼んじゃだめだーとか。勝手なこと言ってるお前もすげーいいと思う! ユウが成長して母ちゃんは嬉しいぞ!』  康太から生まれた記憶は更々ないけど、そんな風に笑ってくれる友人がいることを啓は嬉しく思った。  “もにょもにょ”の正体を知るきっかけが、康太のおかげだったのはどこか癪だけれど。 「んー……好き、か」  ぼんやりと考え込んでいると歩くペースもゆっくりになっていたようで、図書室に着く頃にはもう多くの生徒が利用する時間になっていた。扉の前に立つとカウンター内に蒼生の背を見つけ、啓は小さく息を飲む。  好き……確かにそうだ。きっと、最初のあの日から。だけどそれは本当に、康太が言う“好き”と同じ意味だろうか。自分でだってそう思っていたけれど、もにょもにょの正体が『違うくせに』と啓を笑っている。 「湯川、今日も当番代わってもらっていい!? お願い!」  立ち尽くしている啓の耳に、初めてここを訪れた時に蒼生に当番を押し付けていたあの生徒の声が届いた。大袈裟に両手を合わせるそれを啓はもう何度も目にしている。  なぜ断らないのかと蒼生に聞いたこともある。苦々しい表情で『断ったあとの反応がこわいから』と返ってきたのが忘れられない。その後、誤魔化すように笑って『でも図書委員の仕事は好きだから全然苦じゃないんだよ』と言ったのも真実なのだろうとは思う。その笑顔は今まで見たどれより“本当”からは程遠かったけれど。  今日も「いいよ」と笑って蒼生は引き受けるのだろう。それなら自分の選択は図書室に入って待つ、それだけだ。おととい借りた本がバッグに入っているから続きを読んで、帰りに蒼生に感想を聞いてもらおう。そう決めて入室しようと足を前に出した時だった。想定外の言葉が聞こえ、啓は驚きのあまりピタリと動きを止める。 「っ、えっと、今日はできない。ごめん……」

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