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第31話

 康太にありがとうと言ったのは本当で、自分が悪いのだから仕方ないと自身に言い聞かせながらも、このままでいいと思っていたわけじゃなかった。だけれど、間もなくここに啓が来る。突然訪れたその機会に落ち着いていられるわけがない。 「どうしよう……」  マフラーに顔を押し当て、まずは何から話そうと考えるがひとつもまとまらない。それでも慌てたような足音が近づいてくる。きっと啓に違いない。 「蒼生先輩!」 「っ、啓くん」  啓はひどく焦った顔で、息を荒げおおきく肩を上下させている。 「先輩!? 大丈夫!? 誰かに連れて行かれたって、はぁっ、康太が! そいつは!? どこ!?」 「啓くん、あの、それは違くて」 「って、そいつより先輩! どこも怪我したりしてない? っ、泣いてるの? どこか痛い?」 「っ、ちがう、大丈夫、大丈夫だよ」 「先輩……」  啓は大きな体を屈ませ、蒼生を下から覗きこむ。深く寄せられた眉はどれだけ蒼生を心配したかを物語っている。どこか痛いのかと問いながら、啓こそ心を大きく痛ませているかのようだ。  蒼生は首を横に振って、そうじゃないのだと示す。けれど、何が起きているのか啓に分かるはずもない。蒼生の様子を気にする大きな手が頬に近づいて、けれど堪えるかのように跳ねてそっと握りこまれる。  あぁ、そうか。あの時頭を撫でてくれたのだとか、『濡れてるよ』と言って頬の水滴を拭ってくれた手とか。蒼生が困るから言わないと決めたのも、それを差し出したのも。全部啓が自分で選んでくれた事だったのだ。蒼生のために今までの彼自身を飛び越えて、“頑張って”くれたかけらたち。そんなの、大事にしたいに決まっている。  未だに蒼生を脅かす、捨ててしまいたい過去よりも、ずっと。 「はは、啓くん」 「先輩?」 「僕も。僕もダメみたい」 「…………?」  降参だ、そう思った。

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