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第32話
誰か見知らぬ人に連れてこられた、なんてことはないのだと蒼生が説明すると、啓は大きく息を吐きながらぺたりと座りこんでしまった。怒らせてしまうのでは、なんて思ったのは杞憂だったようで、蒼生先輩に何もなかったならよかった、なんて言うのだから蒼生の胸の奥はまたきゅうっと甘く叫んだ。
「でも何で康太はそんな事言ったんだろ」
「それは……啓くんと僕がまた話せるように、って。してくれたみたいだよ」
「あ……ん、そっか。じゃあ明日ありがとって言っとく」
「うん。優しいね、大野くん」
「うん」
長い腕を膝に預け、啓は前髪をかき上げた。
ほんの少しの静寂が会えずにいた時間を呼び起こして、蒼生は緊張を覚える。指先が冷たくて片手で包み込むようにすると、ふと顔を上げた啓がじっとそれを見つめる。そして先ほどの様に、宙に浮いた自身の手を啓は悔しそうにぎゅっと握りこんだ。温めようと思ってくれたのかもしれない。だけど、そんな権利はないのだと言わんばかりに去ってゆく。その手を僕だってあたためたい──素直にそう思える自身に蒼生は熱い息を吐いた。
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