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第34話
「っ、そ、うなんだ」
「うん。話せるだけでもうれしくて、毎日楽しくて。人との関係を怖がるなんてなかった。付き合ってる人も友達も皆みんなやさしくて大切で、ずっとそうなんだって疑うことすらしなかった。でも。付き合ってた人と、仲いいと思ってた友達が……キス、してるところに鉢合わせちゃったんだ」
「え……」
もう思い出したくもない、だから心の奥底にしまって、鍵をかけて閉じ込めておきたかった。だけど忘れようと強く思えば思うほど、日常を脅かすように傷は疼いた。
もう二度とあんな思いはごめんだ、それなら最初から誰とも仲良くならなければいい。ほほ笑みで隠して、誰とだってつかず離れず。それがこれ以上傷つかない方法だった。
「それで思わず逃げちゃったんだけど、後からメールが来て。会って話したんだけどさ。本当に好きだと思ってた? って言われたんだ。付き合ってるって思ってたのは僕だけだったみたい。…….......俺たち男同士だからあり得ないだろ、って」
「男同士……」
「うん……男の子、同級生の。ちなみにキスしてた相手は女の子。……向こうから好きって言ってくれたはずなのになって、意味が分からなくて。でもやっぱり男同士は変で、信じて浮かれた僕が馬鹿で、最初から騙されてるって気づくべきだったんだなって」
「っ、蒼生先輩は馬鹿じゃない! 絶対その男が悪い!」
「啓くん……ふ、どうしてキミが泣きそうな顔してるの?」
「だ、って……くそっ」
怒った啓の声が震えていて、思わず見上げるとそこには今にも溢れそうな涙を携えた綺麗な瞳があった。結ってある髪がいつもより乱れているのは走ってきてくれたからだろうか。一束垂れたそれを耳にかけてあげながら、蒼生は意を決して啓の下瞼に指を滑らせる。驚いた啓が体を揺らしたから、ころん、と一粒の涙が落ちて。それすら綺麗だ。
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