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第35話
あぁ、どうしてこの子の示す想いすら怖いと思ってしまったのだろう。縛りつけるトラウマは、こんな美しいものすら曇らせるのだからおそろしい。
「啓くん、僕ね、もう誰とも仲良くならなきゃいいんだって思った。それでも周りに嫌われてしまうのは嫌でなんでも笑って引き受けたし、それが僕の正解だった。好きだと思ってた人すらそうなら皆そうだって、簡単にそっぽを向くかもしれないから信じない方がいいって。思ってたんだ。でも……」
「……先輩も泣いてる」
「え、ほんと? わぁ、恥ずかしいな」
「これでおあいこ」
今度は蒼生の頬の上を、恐る恐るという風に啓が指を滑らせた。知らずの内に零れ落ちた涙をぬぐいとって、けれど大きな手の平がそのまま添えられる。その上に蒼生が震える手を重ねると、啓がきゅっと下唇を噛んだから。また蒼生の瞳から涙が落ちた。
「啓くんが会いに来てくれるのがどうしようもなく嬉しかった。名前で呼んでって言ってくれた時、ほんとは困っちゃったんだよ。誰とも仲良くならないようにって、みんな名字で呼ぶのもその手段だったのに。でも、そんなの飛び越えてこっちに来るキミが怖いはずなのに、拒めなかった。僕もそうしたいって。啓くんの名前を呼びたくて、僕も呼んで欲しくなっちゃった」
「あの時、蒼生先輩が呼んでくれて俺はすごく嬉しかったよ」
「ん、僕もだよ」
まだ時折零れてしまう蒼生の涙をぬぐいながら、啓は空いた手で蒼生のもう片方の手を握る。こんなのもう、“仲のいい先輩と後輩”の域を超えてしまっているのではないか。涙をこぼす自身を慰めているだけかもしれないが、このつないだ手が抑えきれない想いを交わしているかのように蒼生には思えた。
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