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第36話

「僕が好きな本、楽しそうに読んでくれて、感想も聞かせてくれて、一緒に帰って。全部全部楽しかった。あの日、委員の仕事断ったの頑張ったねって頭撫でてくれたの、あったかくて泣きそうだった。ひとり占めしたかった、って啓くんが言った時……本当は嬉しかったよ。だけどやっぱり怖くなった。もし、もし啓くんが僕と同じ意味でそう言ってたらどうしよう、って」 「っ、先輩」 「だって、抑えてたのに。ずっと仲良くしてたいから。っ、好き……になりたくないって我慢してたのに。そんなのもう無駄なくらい啓くんのこと……って、あの瞬間分かったから。こわかった」 「蒼生先輩……っ」 「っ!」  ふわりと握られていた手に、きゅっと力が込められる。痛みなんて少しもないその加減の分、ぐっと寄せられた眉根に感情がにじみ出ているかのようだ。熱っぽい視線が蒼生を射抜く。ジリ、と詰められた数ミリだけのすき間に蒼生はいっそ飛び込んでしまいたくなる。 「っ、啓くん、僕、啓くんのこと怖いって思ったんだよ? ずっと一緒にいられるなら、そのままの関係がいいって。だから言わないでほしくて、自分のために啓くんのこと……傷つけた」 「うん、でも俺は平気だよ。前も言ったでしょ、蒼生先輩がどうなのかが大事だって。それに、先輩は俺のこと疑ったわけじゃないよね?」 「っ、え?」 「蒼生先輩の辛かった思い出がぶり返して、自分を守っただけで。俺も中学の時のその人みたいに嘘ついてる、って思ったわけじゃないでしょ?」 「っ、思ってない、うん、そう、そうだよ。啓くんはそんな嘘つかないもん」 「うん、分かるよ、大丈夫。だから気にしないで。あの時たしかに悲しかったけど、それは俺が先輩を傷つけた、って思ったからだし。ねぇ先輩、先輩が自分の事守ってくれて、ああしてくれて俺はよかったって思うよ」  啓は蒼生と視線を合わせるように背を丸める。蒼生の前髪を指ではらい、潤んだ瞳がぱちぱちと瞬いて、想いの雫がころんと落ちる。二人の瞳から、それは同時に。あたたかい、啓の優しさも涙の理由も。

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