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第40話
「蒼生先輩、まだ泣いてる?」
「う……啓くんのせいだからね」
「あは、そっか。俺のせい」
外から聞こえる部活の掛け声、上階から聞こえる吹奏楽部の練習する音。この時間特有の音を耳にするのは、ずい分久しぶりだなと啓は思う。蒼生に会いに図書室に行くことをやめてからは、放課後はすぐ下校することが多かった。懐かしさの中に甘酸っぱい感覚は今も残って、けれど違うものも今はある。
「あれ、先輩? どうしたの?」
「あー、うん。自分の教室じゃないからなんだか入るの緊張しちゃって」
「誰もいないから大丈夫、ほら」
「う、うん」
蒼生との距離がこんなにも近い。
啓は入り口で立ち止まっていた蒼生を振り返り、くすりと笑んでから戸惑う人の手をそっと引く。窓側の一番後ろ。多くの人が羨むだろうここが直近の席替えで啓が引き当てた席だ。そこまで導くと、蒼生が小さく「あ」と声を漏らした。啓が振り向くと、淡く微笑んだ蒼生は啓の机に手を添えて、そっと指を滑らせる。
「実は僕も一年生の時、啓くんと同じD組だったんだ。それで、僕もちょうどこの季節にこの席だったなぁって思い出した」
「え」
「すごい偶然だね」
「もう席替えしないでって先生に頼んでみる」
啓がそう言うと、蒼生は「きっと無理だよ」と可笑しそうに笑う。話すことすら叶わなかったのは数ヶ月でも、確かに空いていた時間の穴は蒼生の示すひとつひとつを大切に響かせる。もう絶対に、あんな風に会えないのはごめんだ。そうこっそり誓いながら、啓は鞄のジッパーを開く。どうしても渡したいものがあるからと、手の温かさに名残惜しさを覚えながらも屋上下の階段からこの教室へやって来た。
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