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「まっ、魚沼」
呼び止められ振り返る。苦々しそうな表情をした萩丘先生は、悪いなと断り俺に駆け寄る。
「来週文化祭があるだろ? 出し物の安全面に関する書類を風紀に提出忘れてたみたいでな。今から風紀室行くだろ? 千堂にチェックもらってくれないか」
風紀委員と言っても俺は裏風紀だ。風紀室に行く予定などなかったが、断ることの方が面倒で分かりましたと了承する。マーサが入り込むようになってからは特に、この先生とどうにも顔を合わせにくくなっていた。
先生もそれは同じなのか、気まずそうに黒髪を指摘してくる。ふよふよと先生に近寄るマーサを見て、先程の不可思議な「ま」は真麻のまかと理解した。マーサは黒髪だから、最近の出来事もあって呼び間違えてしまったのだろう。
「……髪染めたんだな」
「いつまでも呼び出しは勘弁したいですからね」
適当にあしらい、受け取った書類をひらつかせる。
「じゃ、出してきますんで」
「あぁ、頼んだ」
何かを言いたげな表情に気付かないふりをし、先生と別れる。マーサは今日もついてこなかった。本当に、先生が自分を視認するまでの暇潰しだったのだなと落ち込む。マーサにとってはただの報われない日々だったのかもしれない。報われない日々の中に、ただ幽霊の見える俺がいた。ただ、それだけ。それでも、俺にとっては大切な日々だった。楽しかった。嬉しかった。揶揄うと変わる表情に、よかったと安心した。このまま先生を忘れるんじゃと、期待した。
「やっぱり、幽霊に惚れると碌なことがない」
せめて、人と幽霊の区別さえつけば。思った直後、否定する。いや、きっと結果は同じだった。それくらい、あの日のマーサは神々しかったから。
「彼を想う君が好き、なんて」
ばっかみてぇ。
*
センパイに書類を渡した俺は、その足で救護室に向かった。ちなみに逢引(笑)はオネェさんをを祓っていないため未だ叶っていないのだとか。資源ポストにちょくちょく投げ込まれる嘆願書がなかなかうるさい。直近の嘆願書には「いなくなったか分からないから試しに救護室でヤろうとしたら、すごい汚い歓声が聞こえた」とかなんとか。馬鹿だな。あのオネェさんはそういうの大好物だぞ。
なんせ成仏するから恋バナしろだもんなぁ。
俺とマーサの現状でも話したらどんな反応をするだろうかと考えながら扉を開ける。あらん、という声に反射的に開けた扉を閉めかける。
『ちょっとぉ、なぁに閉めようとしてんのよ』
「身の危険を感じてつい」
『失礼しちゃうわ、ってあら。この間のチンピラじゃない』
イメチェンと紛うレベルで見た目が変わったのに案外気付くんだなと思いつつ、ベッドの前に座り込む。
『恋バナしにきたの、チンピラ』
これだから恋愛脳のオカマは……と言いたいところだが、あながち間違いでもないからイラッとくる。いけないいけない、と気を取り直し俺はオカマに向き直った。
「ちょっと一幽霊としての意見が聞きたくて」
『一幽霊として、ねぇ。いいわ、アンタ根暗っぽいし友達少ないでしょ。聞いてあげる』
けちょんけちょんだな。根暗って。この間まで銀髪ピアスだったんだが。こんなダサブレザーじゃなかったんだが。反論するも、根っこが暗いのよと言い切られる。失礼極まりない。
嘆息し、例えばと切り出す。
「男同士のカップルがいて、その片方が死んだとする。死後幽霊の自分に恋人が気付いて、口付けまで交わした。それでもまだ満足できないとすると、何が原因だと思います?」
『妙に具体的ね』
「話し上手なんですよ」
『やかましいのよ』
俺をあしらいつつ、オカマはそうねぇと考えはじめる。
『……心じゃないかしら。愛されてたって、証。これで終わりだって、諦められるような出来事が足りないんだわ、きっと』
いやにしみじみと言ったオカマは、つまりと続ける。
『ヤるしかないわね。フルスロットル!』
「フルスロットルじゃねぇわ」
一先ずツッコミ、考える。
「マーサに体を貸して、萩丘先生と……?」
笑えない話だ。俺の呟きを聞いたオカマは、低い声で言う。
『真麻と萩丘……?』
途端、男臭くなったオカマに尋ねると、あぁと頷く。
『鈴木真麻と、萩丘晶大 だろ? 俺の、後輩だ』
……そうだ。頭から抜けていたが。この学校の幽霊は皆生徒か教師だ。いつものふざけた話し方と浮ついた表情を改めたオカマは美形で。知らない一面を目にし、初めて彼がここにいることに疑問を持つ。そういえば、なぜこいつはいつも救護室にいるんだ……?
俺の疑問に気付いたのか、オカマはふっと微笑みドアに視線を向ける。何かを思い出しているのだと分かった。
『鈴木と萩丘はヤってないわよ』
言ってたもの、と言ったオカマは言葉を足す。
『二人に、色々と相談を受けてたの。そろそろ、って今週末にいよいよってアタシに意気込んでた鈴木は、その日の内に事故に遭って死んだのよ』
学校に戻ってきちゃったのね。あれからずっと、時間の止まったまま。
外に出れば分かることを知らないこととして語る彼は、いつもより大人びて見えた。
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