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準備は万端。場も整っていた。まさか旧校舎にこんなお誂え向きの準備室があるとは。唯一整っていないものといえば俺の気持ちくらいか。
「魚沼、いや真麻か? 拘束を外せ!」
いや、どうやら先生の気持ちも準備万端とはいかないらしい。戸惑う先生の傍ら、マーサは読めない表情でこちらを見つめる。
「マーサ」
説明の言葉を省き、話しかける。
「体を貸してやるよ。お前のやりたいようにすればいい」
「……ケーチ」
「だから、マーサ。これで最後にしよう」
ふっと笑う。マーサの息を呑む姿にほんの少し安心する。息を呑む、といってもマーサはもう死んでいるのだから見かけだけだ。途端変わった顔色に思わず苦笑する。
「なんだか。こうしてちゃんとお前と話をするのは久しぶりな気がするな」
最近は先生ばっかり構われていたから。
言外に隠した言葉に気付いたマーサは、居心地が悪そうに身を竦める。一応勝手に体を使っていたことに罪悪感はあったらしい。そこらへんはあまり期待していなかったから正直意外だった。
「マーサ。お前も気付いてるだろ」
望む望まないに拘わらず、俺たちはそこそこの付き合いだったんだから。
「悪いが、限界だ」
沈黙が落ちる。俺たちの会話が聞こえない先生も、何事かを感じたのか口を噤んだ。マーサの瞳が揺れ、泣きそうに顔が歪む。思わず怯んだ俺を見て、先生が口を開く。
「真麻。聞き分けろ。駄々捏ねんな」
「だって、アキヒロ」
まるで会話をしているかのような二人のやりとりに、敵わないなと眉を寄せる。先生はマーサのことなら何でも分かってしまうのだろう。気持ちを切り替え、二人に向き直る。
「という訳でさっさとマーサと致しちゃってください」
「はぁっ!?」
「どっちがどっちに突っ込むんですか。念のため嫌々ながら準備してきたんで早いとこ済ませてください」
「ケーチ!?」
悲鳴じみた二人の叫びに、早くしろと睨みを効かせる。何のため人の来ない旧校舎で取っ捕まえていると? 人来ないうちにさっさと致すためだろうが。
「いつまでもウジウジふよふよしやがって。中途半端に未練を慰めるから面倒なことになってんだろうが。気ぃ遣ってんのかしらねーが、逆に迷惑だ。さっさと致して終わらせろ」
「で、もさ、ケーチ?」
「うるっせ。人の体散々使っておいて今更怖じ気づくとか許されると思ってんのか。そっちが来ねぇなら俺が取り込んでやる」
霊感体質嘗めんなよ。
強く意識を持ってマーサの腕を掴む。瞬間、マーサの感情が俺に流入する。負けるかと丹田に力を入れ、ねじ伏せる。俺に入り込んだマーサの感情を力任せに手繰りよせる。無理矢理引き釣り込まれたマーサは、常と違い主導権が自分にない状態に酷く戸惑いを見せた。
「さて。先生には大変心苦しいのですが、ここでマーサとヤってもらいます」
「全然心苦しそうじゃない……ッ」
「うるっさいですね。今なら髪色もマーサと同じだし、幾分か重ねやすいでしょ。大人しく泣き寝入りしてやるって言ってンですからヤることヤってくださいよ。それとも何です? 俺が先生にセックスしてほしいとお願いでもすればいいですか? まるで俺が淫乱扱い。心外~」
怒濤の口撃に先生は口を噤む。実際黒髪の俺をマーサに重ねてしまったことがあるだけに反論しにくいようである。センパイなら可愛く転がされちゃうところだな、と思った自分に気付いて内心頭を抱える。どうも最近センパイの脳内出現率が上がりつつあっていけない。
ほら、と促しマーサに主導権を譲る。流れてきた感情にどういたしましてと独りごちる。俺の恋はやっぱり報われそうになかった。
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