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 重い体に鞭を打ち、ふらふらと風紀室に入る。ノックもせずに入った俺に、魚沼かと書類から目を上げたセンパイは、ぎょっとした顔で固まった。 「何があった」  苛烈な色を灯した瞳に苦笑する。他の風紀委員に聞かせる話でもないと周囲を気にすると、センパイは手早く他の面々を帰した。早く帰れると浮かれる委員を尻目に、俺はそっと溜息を吐く。なんでこの人のところに来てしまったんだか。いつの間にかすっかり絆されている自分に、また一つ溜息。  机上の書類を片付け、温かいお茶を用意したセンパイは話せるかと心配そうに俺を気遣った。 「……だから優しくするなって言ってんのに」 「俺を遠ざけるのはお前の役割だろ。俺は俺のしたいようにする。言ったはずだ」  尤も、最近はそれもなおざりになっているようだが。  悪戯ぽく言ったセンパイは、そっと俺の頭を撫でる。 「お前は、自分を大切にした方がいいと思う」 「大切にしてますよ。したいように拒否して、したいように捧げてる。……さっきの、セックスだって」 「っ」  さらりと何があったかを言う俺に、センパイが顔を強張らせる。 「マーサと、先生か」 「……無理矢理じゃない。ヤられた訳じゃない。俺がヤらせたんだ。俺が決めて、俺が終わりを告げた。人の在り方の終わりを決めるなんて、充分傲慢で、自分本位じゃないですか」  目元を覆う。センパイは撫でる手を止め、俺の頭を自身の肩口に引き寄せる。 「……お前が望んだなら、俺は別にいいんだ。でも、これは違うだろう? お前の想いなんてお構いなしの行為だろう?」  センパイの言葉に頷きたくなる気持ちを必死に堪える。確かに、あの行為は、体を貸して恋敵と致すなんて行為は、俺が一番やりたくないことだった。だが、いつまでも中途半端なことを続けているのも限界で。もっと他に道はあったのかもしれないが、マーサにとってはあれが最良の終着地点だった。マーサの姿を認識できて、学校に先生もいる。今この時期が、マーサの最後のチャンスだった。それを分かっていて無視するなんてできなかった。  あれは、マーサと先生の恋の終着地点だった。そして俺の、マーサに対する恋心の墓場でもあったのだ。ようやく諦めのついた。そうなるように、自分を追い込んだ。  家で準備をしている間、気持ちが悪くて吐きそうだった。浣腸液のせいではなく、気持ちの問題だということは分かっていた。尻に走る違和感からして、俺の準備は無駄にはならなかったらしい。行為中は必死に心の奥に潜んでいたからそこら辺の記憶が曖昧だった。 「魚沼、もっとわがままになればいい。お前のしたいようにしていいんだ。……俺はお前の銀髪が好きだし、お前の制服も気に入ってるよ」  俺を赦すような言葉に、眉尻が情けなく垂れる。 「……風紀委員長なのにそんなこと言っていいんですか」 「さっき委員を帰しただろう。あれで仕事は終わりだから、今の俺はただの千堂翔だ」 「屁理屈」 「お前の得意分野だろう」  宥めるように背中を叩かれ、堪らなくなった。胸中を全て叫び出したいような、そんな気分。泣きそうで、笑っちゃいそうで、ほんの少し、恥ずかしい。 「センパイ。千堂センパイ」  秘めた願いはするりと出た。 「俺を、抱いてくれませんか」  *  グチグチと粘着質な音が休憩室に響く。枕に頭を押しつけ顔を隠す俺に、センパイは困ったような声を落とした。 「魚沼?」 「っ」  なんですかと言いたいところだが、下手に返事をしたらあらぬ声が漏れてしまいそうで顔を押しつけたままふるふると首を振る。 「痛くないか」  頷く俺の頭をセンパイはさらりと撫でる。 「段々解れてきた」  ほら、と見えもしないのに広げてみせるセンパイに、羞恥心が煽られる。足すぞと短く宣言したセンパイは、ローションをボトルから注ぎ足した。冷ややかな感触が下半身に走り、ぶるりと背筋を震わせる。満足げな笑い声が上から聞こえた。  ぐちぐちと立っていた水音は、広げるためのものから次第にイイところを探すためのものに切り替わる。確かめるような手付きに、体をよじり腰を逃がしてしまう。 「こら、魚沼。動くな」  軽く尻を叩かれる。子供の躾のようなそれに思わず呆然とした。ショックで固まる俺と裏腹に、体の中心はゆっくりと持ち上がる。 「感じちゃった?」 「ってない……っ、」  あまりの不名誉さに咄嗟に口を開くも、出たのは快楽に濡れた声。慌てて唇を引き結ぶも、にやりと笑ったセンパイが口に指を突っ込み邪魔してくる。軽く噛み抗議すると、余裕のある表情が返ってくる。  左手を口に突っ込む傍ら、右手は相変わらず尻を弄り続ける。水音を増した愛撫は、耳をも犯されるような錯覚を与える。 「魚沼?」 「いやぁっ……んっ、あっ」  行為の最中に呼ばれ、居たたまれなくなる。嫌だと首を振るのに、意地の悪いセンパイは下の名前を呼び始める。 「圭一、ここはどう? ん、もうちょいこっちかな」  声に出しながら中を探られ、泣きそうになる。喉を強張らせ声を噛み殺すも、時折喘ぎ声が鼻から抜ける。滲む視界に、センパイの唇が涙を拭う。近づいた顔が、「とろんとしてる」と笑う。指が内壁を擦り上げる。瞬間、ビリリと痺れる感覚と共に景色が白んだ。 「~~~~ッ!」 「ここが気持ちいの?」 「ゃ、センパ、無理っ、あああっ、んん~~っ」 「、かわい」  未知の感覚に目の前にあったセンパイの服にしがみつく。波が去るのをやり過ごしたいのに、センパイが手を緩めないものだから、快感はどんどん高みに上り詰める。触られてもいないのに、背筋から首筋にかけてがゾクゾクと痺れる。下から上へと快感が走り、背筋が反る。 「やぁああああッッ」  目がチカチカとし、目尻に涙が溜まる。白濁を吐き出す。指を抜かれてからも快感の波が引かず、背筋の反りを戻せない。涎、と呟いたセンパイが口で拭う。そのまま口に舌を入れたセンパイが貪るように口内を蹂躙した。歯列をなぞり、舌裏を擦りあげる。空いた左手で背中を撫でられ、ぶるりと体を震わせた。 「気持ちいな?」  言い聞かせるようなそれに、コクコクと頷く。舌先が上顎でくるくると円を描く。口に唾液が溜まり、唇の端からこぼれ落ちる。これでは何がしたいのか分からなかった。センパイもそう思ったのか、柔く微笑み唇を離す。  涎は顔を汚し、涙は頬を濡らしていた。快感でぐちゃぐちゃの表情に微笑んだセンパイは、ちゅ、と唇の先にキスを落とす。まるで恋人のような甘いやりとりに、霞がかった頭でゆるりと笑う。恥ずかしいけど、嬉しいような。おかしな気分だった。はぁ、と吐息を落とす俺に、センパイが耳元で話しかける。 「――もう挿れていいか」  こくり、頷くとセンパイがふうと息を吐く。努めて冷静さを意識しているらしいそれに、体が熱くなる。どきりと心臓の跳ねる音が聞こえた。

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