9 / 17

9粒目

 棗が目を覚ますと自宅のベッドに横たわっていた。 飲みかけの錠剤がサイドテーブルに並べられ、不機嫌な表情の和巳に痛いほどギュッと抱き潰される。 「このバカ! どうしてこんなものまで飲んで発情期が来ないなんて嘘つくんだ」 「……ちょ、痛え……」 「痛かったよな。こんな強い抑制剤を長期間飲んだら、副作用は相当きつかったはずだって病院の先生が言ってたぞ」  そっちの痛みではないのだが、意識を失っている間に病院で診察され、秘密にしていたことがバレてしまったらしい。計画は水の泡だ。 「……俺は誰かの代わりにされるのなんか趣味じゃねえんだよ」 「そんなことするわけないだろ」  力強く反論され、少しばかり驚く。肩口に顔を埋めた和巳が包容を深めた。 「悪かった。毎晩寝言で呼んでたなんて知らなかったんだ。誓って言うがやましいことはなにもない。……まりかのこと話してもいいか?」  真剣な声音で覚悟を決めたように問われ、無言で頷く。 一拍置いて和巳が昔話を始めた。 「まりかとは学生の頃付き合ってた。二十年近く前の話だ。 彼女には教職に就くという夢があった。でもΩであることを理由に、教員の採用試験を受けさせてもらえなかった。 なにかいい方法はないかと俺も必死になって探したが、Ωとして生きることに限界を感じたらしい。 まりかは積もり積もった鬱憤を晴らすかのように、自ら命を絶った。 ……傍にいながらなにもできなかった自分の無力さが、今でも許せない」 「……あんたが仕事熱心なのってそのせいかよ」 「ああ、きっかけは彼女だ」

ともだちにシェアしよう!