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抱いて 濡れて 溺れて 10
目の前の人が少しだけ前に移動したので、反射的に一歩前に進んだ。
その時、不意に悠貴さんが、
「ああ・・・腹減ったな・・・」
と呟いた。
たぶん、出店から流れてくる、焼けたソースの匂いに触発されたんだと思う。ボクは顔を上げて、悠貴さんを見上げる。
「起きてから何も食べてなかった」
「ええ・・・?!」
苦笑しながら言った悠貴さんを、ボクは驚いて見つめる。
「何もですか?」
「ああ・・・早く薫に会いたかったから、忘れてた」
「ふえっ?!・・・あ、じゃあ、ボク何か買ってきます!」
悠貴さんがまた恥ずかしいことを言うので、ボクは照れ隠しにそんなことを口走っていた。
でも、悠貴さんが昨夜もお仕事して、今日はボクのために時間を使ってくれていることを考えたら、せめて体のことは心配させて欲しかった。
「焼きそばとかしかないけど・・・行ってきますね」
慌てて悠貴さんの手を放そうと腕を引くと、また強く握られる。
「いらない。大丈夫だから」
「でも・・・」
「やっと会えたから・・・薫と離れるほうが嫌だから、大丈夫」
「悠貴さん・・・」
「参拝終わったら何処かに食べに行こう」
ふんわりと微笑んでくれる悠貴さんに、ボクは満面の笑みで答えた。
「はい。一緒に行きます」
「うん・・・」
いきなり寡黙(かもく)になった悠貴さんを見上げながら、ボクは列が短くなる度に、少しずつ前に詰めていった。
ずっと手を繋いだまま、他愛もない話しをしながら進み、やっと本堂へとたどり着く。
お賽銭を入れて、鐘を鳴らして、二礼二拍手してからお願い事をして、一礼することを悠貴さんに教わって、その通りにした。
ボクは全然知らなかったので、博識な悠貴さんがすごいと、素直に思った。
参道を戻って駐車場へ行き、悠貴さんの車に乗る。
助手席に乗ってシートベルトをして、運転に集中する悠貴さんの横顔を見つめる。
ボクにはもったいないくらい格好良くって、でも誰にも渡したくなくて。
ずっと、見惚れていた。
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