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第2話「売られたケンカはなんとやら」

俺は小さい頃からチビだったし、生まれもった女みたいな顔のせいで昔から女子扱いされ、周りの俺を見る好奇な目がうざくてケンカを始めた。 別に最初は、俺を馬鹿にした奴らに仕返しできればいいくらいの気持ちだった。 だけど、いざケンカをしてみると俺はすんなりとそいつらに勝ってしまった。 それからそいつらは俺の後ろをつきまとうようになって、中学2年の時にはその学校の不良の(トップ)になっていた。 鷹ケ丘(たかがおか)中学校。通称 鷹中。 元々は無名の不良校だったが、俺が仕切ってた頃はあっという間に県内に“鷹中”の名が広まった。 当時は家にも帰らず毎日学校をサボって、連んでるやつらとケンカができる相手を探しては殴り合う。 そんな荒れた日々が続いていた時、(かあ)さんが倒れた。 過度の疲労だと医師は言った。 母子家庭で育った俺は、その時ようやくこのままではいけないと気づいた。 それからはケンカもやめて、毎日学校にも行ったし授業も受けた。そして、なんとか無事中学を卒業して、不良だったことを隠したまま決死の努力で高校に入学。 頭は悪くない方だったから勉強すればそれなりに成績は上がっていった。 自分の名前が成績上位者に上げられると、ケンカとはまた違った達成感と満足感が込み上げる。先生やほかの生徒たちからの信頼も得た。 その頃にはすっかり不良の心は捨て、狙うは特待生。 毎日必死に真面目を突き通し、いい会社に就職するために俺は必死だった。 そんな時だ。 ここまで順調だった俺の高校生活を、ある男がもみくちゃに掻き乱していく――上城(かみしろ)成海(なるみ)』 ひとつ上の先輩で、こいつのせいですべてが狂い始める。 出会いは、中間テストが終わって学校から帰る途中だった。 『あ、もしもし(あらた)? 久しぶり』 ちょうど校門を出た時に中学で連んでいたダチの秋人(あきひと)からの電話がきて、俺はその場で足を止めてしばらく秋人と電話をしていた。 『お前、本当に高校では真面目にやってるんだな』 「まぁな。散々遊んでた分、これから取り戻さねえといけねえし」 『そうだな。お前とケンカができなくなったのは寂しいけどよ、俺はあの頃のお前に憧れてたよ。昔みたいにまたお前と連んでケンカしてぇって今でも思う』 「ああ…いい加減な事ばっかしてたけど、俺もあの時はすげぇ楽しかった」 『だろー? お前が強いのは分かってたけど、チビのくせに中2でトップになるし、まじでびびったわ。まぁ俺もツートップだったけどよ。でもお前に一度でもいいから勝ちたかったわ』 電話越しに秋人と懐かしい中学時代の話をしていた。 あまりに懐かしかったもんだから、俺たちはついつい話に花を咲かせてしまう。 「トップとか別に特別じゃねえよ。それに鷹中は俺だけで強くしたんじゃねえし、お前もいてくれたからあそこまで力つけれたんだ。あとは後輩が引き継いでくれるだろ」 俺が言った事に少し照れる秋人の声が嬉しそうだった。 「懐かしいな」と何度もつぶやく秋人に続き、「俺も懐かしい」と繰り返す。 『ま、お前がいい会社に就いたら何か(おご)れよな!』 「おう、任せとけ」 その言葉を最後に電話を切る。 久しぶりに聞いた秋人の声は中学の時より少し大人びていた気がした。秋人とは高校が離れてしまったけれど、こうして連絡をくれて、たまに会話をすると連んでいた頃を思い出して嬉しくなる。 なんて事を考えていると、秋人からの添付メールが届いた。 写真を開くと、黒い特攻服を身に(まと)い、煙草を吸うダチに囲まれる俺の写真だった。 件名には『懐かしい時代』と書かれていた。 「ほんと、懐かしいな」 ふっと笑みを浮かべながら写真を眺めていた時だった。 「うわぁ〜、荒れてるね」 携帯を大きな影が覆う。 「なっ、てめ…何見てんだよ」 咄嗟に身構え、俺の携帯を覗き込んできた男に向かいガンを飛ばした瞬間、そいつは一瞬の隙を見て俺の携帯を奪った。 「君さ、1年の渋谷(しぶや)新君でしょ? 成績上位者の。まさか中学時代が不良だったとわねー。しかも元トップ? トップってあれでしょ、番長的な? にしても煙草まで吸ってたんだぁ〜」 「っ‼︎ 聞いてたのかよ! つか携帯返せ!」 携帯を取り返そうとした時【ピロリロリ〜ン】と軽やかなメロディが流れる。 「あ、ごめーん。俺の携帯に保存しちゃった」 そう言いながら見せてきたのは、男の携帯に転送された俺の黒歴史写真。 「何すんだよ! 消せ‼︎」 「この写真さ、学校にバラしたらどうなるかなあ?」 (こいつ、さっきから一体なんなんだ⁉︎ いきなり絡んできやがって…つか初対面であり得ねぇだろ‼︎) 「やめろ! まじでいい加減にしろよ! 今すぐ写真を消せ!」 「そんな口聞いていいの? 今の君の立場分かってる?」 ひらひらと目の前で携帯を振りながらにたつくこいつの顔を、今すぐにでもぶん殴ってやりたい気持ちになる。 「は? なめんなよ。弱味でも握った気になったのかよ。なんなら、力づくでもいいんだぜ?」 (立場? そんなの知るかよ。てめえが誰にも言えないようにこの俺が締めてやる) ここまで来て、このわけも分からねえやつに俺の邪魔されてたまるか。 「…いいよ。俺に勝てたらこの写真消すよ。あと、不良だった事もバラさないでいてあげる」 そう言いながらスカした表情を見せるこの男が先に歩き出した。その背中に苛立ちながらもついて行き、学校から少し離れた路地裏に入る。薄暗くて人通りの少ない場所に来ると久しぶりの感覚が思い出された。 「タイマンだ。倒れた方が負け。いいな? 俺が勝ったらてめえのその携帯ぶっ壊すからな」 「口調がまさに不良だね。いいよ。そのかわり――」 ネクタイを緩め、袖をまくりながら妖艶に笑うくそ野郎。 「俺が勝ったら、俺の言う事なんでも聞いてね?」

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