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第32話「好きにすれば」

――だるい。 理事長から呼び出しをくらっていったいどれくらい経ったんだ? 「成海(なるみ)君。今日言った事を忘れないでね」 「…分かってますよ」 (いつき)の父親はこの学校の理事長を務めている。 息子とは正反対で厳格で冷徹。 俺はこの人が苦手だ。隙が一切ないため考えている事が全く読めない。 「あと、今度からは身なりをきちんとしておくことだよ。ネクタイをしていないなんてだらしない。そんなので生徒会なんて務まらないよ」 「だからコーヒー零したんですよ」 「君、コーヒー飲めないでしょ」 ………あー、めんどい。ほんと、俺の事はどこまでも調べてるんだな。 浅く礼を済ますと、部屋を出て俺は生徒会室に向かった。 そういや、どうなったかな? 元不良だし、縄抜けくらいできるだろ。 とっくに解いて帰ったかな…… (それとも、まだ……) そんな事を考えているうちに生徒会室にたどり着き扉を開ける。 「おかえり成海」 でも、そこにあいつの姿はなく、居たのはいつものように会長机の椅子に座り資料に目を通す樹の姿だった。 「………」 「どうしたの?」 「――いや、お前ひとりか?」 「ん? そうだけど?」 ひと通り部屋の中を見渡してみたが樹が言ったようにあいつの姿はない。 (やっぱりあいつ帰ったのか。…なんだよつまらねえな) 拍子抜けしてしまい思わずため息がこぼれた。 理事長からのお説教もあってか、やけに気疲れしてしまいソファーに腰をおろす事に。 (折角今日は楽しめると思ったのによ…) 天井を仰ぎながらそう思っている時だった。 「そうだ成海、ちょっといい?」 「あ?」 今日のが失敗してしまったから、「さて、明日は何をしてやろうか」と考えていると樹が少しうれしそうに口を開いた。 「僕さ、あの1年君と付き合おうと思うんだ」 「………は?」 その言葉に俺の体は停止する。天井へと向いていた視線を静かに樹の方へ向けると、樹は俺の目を真っ直ぐと見て柔らかく笑った。 つか、今こいつなんて言った? 1年君?誰だよそれ… 「何、誰と?」 「ほら、今朝成海と一緒にいた彼。渋谷(しぶや)君」 「……はっ、冗談やめろよ。あいつ女みてぇな顔してっけど男だぞ?」 ほんと、どんな冗談だよ。俺は知ってるぞ。 お前は年上美人の巨乳が好きだってな。 なのにあんな胸なしぺったんこ野郎を好きになるわけねえだろ。 つか生徒会バカのこいつが誰かと付き合うとか…それこそありえねぇわ。 俺からあいつを離そうとしてる事くらい見え見えなんだよ。 「冗談じゃないよ」 「…………」 「実は今朝、僕は彼に一目惚れしたんだ。さっき廊下ですれ違った時、告白した」 「………へぇ…それで向こうはなんて?」 樹が真剣に俺を見ながら言うからついマジな質問をしてしまう。 仮にもし、樹が言った事が本当だとしても、あいつの性格上どうせ口調荒く断っただろ。 なんなら蹴りの2・3発食らって――… 「了承してくれたよ」 「………」 「だから、もう“(あらた)”は僕のものだから……成海、手を出さないでね?」 “ 新 ” ね…… 樹が俺以外のやつを下の名で呼ぶのは初めてだ。 「もしかして、成海は新の事好きだった?」 「…べつに」 好き? そんなわけねえだろ。 あいつは俺の犬だ。それ以上でもそれ以下でもない。 犬一匹手放したところでどうってことない。 変わりはいくらでもいる。 「興が逸れた。好きにすれば」 「分かってくれてうれしいよ。ありがとう成海」 そう言って樹は笑った。 だが、この時の樹は理事長によく似ていると感じた。 何を考えているのか全く読めない。 本気であいつが好きなのか? さっきから、どうでもいい事が頭をぐるぐる回っている。 胸が締めつけられる気分だ。 なんなんだよ…… “ 新はもう僕のものだから ” (あいつは俺だけのものなのに) どうしてか、樹が言った言葉が頭から離れなかった。 「………だる」

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