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15 人間様には分からないだろうけどね。
ゴールデンウィーク後の登校日。
面倒だとだらだら歩く生徒たちに混ざって見知った姿を見かけたので駆け寄ろうとしたら会長に手を掴まれた。手を繋いで登校とか普通は目立つところなんだけど誰も騒がない。
その理由は親衛隊による人払い。だらだらと歩いてる周りの彼らは生徒会長や役員たちに対して何も思っていない。ギャアギャア騒ぐタイプの人間は足止めされていたりオレが視界に入らないように誰かしらが盾になるように立っている。
会長は知らないようだけれど親衛隊長はとても有能だ。最終的に会長の部下になるらしい彼はオレがどんな人間であるのか知っているらしい。
覚えがないけれど以前助けたことがあるのだとか。
これは入学して早々に教えてもらった。
出来る限りのサポートをさせてもらうという彼は言った。
会長の行動を制限は出来なくてもそれで起こりえる火種は全部潰すと手紙が机の中にあった。会長に手紙が見つからないように処分しておいたけれど普通に考えれば違和感があるだろう。生徒会長というのはトロフィーみたいなところがある。生徒会長の恋人というのは無条件に嫉妬心を向けられる存在でありサンドバッグにしていいと思われているらしい。
生徒会長の親衛隊長と会長自身のおかげでオレは平和だ。
だが、去年から無風で無傷でいたことの帳尻合わせのように今年のオレに襲い掛かる王道旋風。
いわゆる王道展開の勃発。
オレを脇役主人公に添えた場合に起こりえることを蛇さんは並べ立てた。
一にあちらから何故かオレに近づいてくる。
二に自分を執拗に売り込んでくる。
三にオレに対して好意的あるいは敵愾心をむき出しにしている。
そして、分岐点。
オレが転入生に流されるか、逆らうか。
好意を示すか嫌悪するか。
流されたのなら最終的に味方になる。
敵対するなら全面戦争。
どちらにしても校内荒らし。
生徒会長の恋人という目立たずにはいられないオレが、ひっそりと過ごすというおかしな状況をただすように人目に付く場所に引きずり出される。
蛇さんの言う通り確かに新しい風が吹く。
会長と別れるなら転入生を利用するといいと蛇さんは笑っていた。けれどオレがどんな行動をとるのか分かっていたのだろう。飼い主がブチ切れたら味方してくれると言ってくれた。ブチ切れさせたりする気はない。けれど、コイツが原因で別れるとかないわ。
転入生はオレの隣の席に座り空気を読まずに授業中にも話しかけてきた。無視していたのに食堂に引きずられかけた。
もちろん会長が親衛隊を無意識引きつれて妨害してくれた。
いつもは二人で適当な空き教室で食べていたりする。
料理は親衛隊が持ち回りで二人分作ったり買ったりしてくれている。
だから適当な空き教室じゃなくて、親衛隊が場所取りしている教室なんだろう。
会長は用意されているものを当然のモノだと思って受け取っている。親衛隊のことを軽視してるわけじゃないだろうけれど隊長の苦労なんかは知らないだろう。
上に立つ人間ならそれでいいのかもしれない。
現場の人間と上層部は相容れないものだ。
組織の人間全てを大切にする上司は小規模な組織ならいいが規模が拡大するにつけて心労で潰れる。いろいろな理由で人は人を切り捨てないとならない場面が必ずある。
だからオレはわんわんなのだ。
人間になる気なんてない。
放課後、また転入生が話しかけてくる。立ち上がって無視して帰ろうとしたら前に立ちはだかれた。何人か転入生の近くに寄っている。どうやらすでに味方を作ったらしい。決意で瞳を輝かせていて不穏な気配しかない。
「オレ、昼休みに聞いたんだ。お前かわいそうな奴だなッ。好きでもないのに生徒カイチョーに絡まれてんだろっ」
何も言わないオレに言葉を続ける転入生。自分の善意を正しいものだと思っている。正義の心は何よりも尊いのだ。自分の行動は誰もが賞賛すると思っている。
「聞いてんのか、ケイ。オレがお前を解放してやる。オレがお前を幸せにしてやるよっ」
分岐点における選択肢の選び方でオレの結末は幸せと不幸せに別れる。誰かから不幸せに見えても人間の常識なんてオレにはなんの関係もない。
オレは最初から最後まで幸せだ。
だって神様がいるから。
転入生の言葉を否定するように会長にキスをする。
これで転入生に目立たされたわけじゃなくて自分から目立った。
真っ赤になった転入生をいつも通りに表情を動かさずに見ていると「どうしてっ」とつかみかかられる。オレよりも身長が低い転入生に引っ張られて体勢を崩す。こんなのでキスなんてバカみたいだ。それこそ物語のよう。
「生憎、オレはめでたしめでたしの後日談にいるんだ」
オレの物語はすでに終わっている。
わんわんになった段階でオレはすでに幸福を手に入れて今に至っている。
以降は全部が後日談。
人間様には分からないだろうけどね。
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