28 / 72

閑話 俺には圭人が必要だ。

 気だるげな圭人がかわいくて、今すぐにでも押し倒したかったけれど「パエリア、パエリア」と催促されたのでキッチンに向かう。アイスコーヒーでも俺の熱は冷めやしない。  本当に圭人はかわいい。ヤバいどうしよう。  圭人を構う転入生や誰かと対峙する圭人なんか正直な話、見たくない。俺だけの圭人でいて欲しい。圭人にも家族があるのは分かる。けど卒業後も一緒にいられるように説得が必要ならいくらだってする。  俺の両親にはもう運命に出会ったと話をしてある。  圭人がいない未来なんか考えられないし、圭人と一緒にいられないなら死ぬ。    冷蔵庫を確認するとエビがない。圭人がお腹を空かせているなら先にパフェを食べてもらうのもいいかもしれない。   「もしもし? 俺だ」    電話の相手は生徒会親衛隊長、左岸(さがん)兼平(かねひら)。  面白みに欠けるが、仕事ぶりは迅速丁寧なので信頼している。ただ親衛隊というものの統率という面では疑問がある。  どうしても中間管理職という態度が抜けておらず、隊長として動かしているのではなく引っ張り回されているのではないのかと疑ってしまう。  俺の親衛隊に関するトラブルは一年の風紀委員長に言われずとも理解しているのでどうも苦い気持ちになってしまう。最悪、圭人にさえ被害がいかないのならどうだっていい。  だが、今日のように風紀委員に絡まれるのはごめんだ。  何が圭人を刺激したのか知らないが風紀委員長を嫌っているようなので二人を会わせたくない。他人に興味を持ったり関わったりしない圭人のあの反応はズルい。圭人に嫌われるなんて高校生活一ヵ月程度の癖に何様なんだ。   「食堂からエビを持ってこい。……そうだな、二十ぐらい。あと、季節のパフェを持ち帰りで」    パエリアは得意料理というわけではない。  けれど圭人は肉よりも魚介類が好きだ。エビをむいて食べさせてあげると表情はいつも通りに変わらないのに目が輝きが違う。キラキラした目で美味しいと言ってくれるので俺はエビをむいて食べさせてあげる。   「かいちょー、電話は、親衛隊長に?」    声にリビングを見ればソファの背もたれに頭を乗せた圭人。何その格好、かわいい。前に背もたれに寄りかかりすぎてソファと一緒に圭人が引っくり返ったということがあった。それ以降、ソファを買い変えてもこんな格好はしてくれなかった。   「違った?」    言うべきことは伝えたので左岸との通話を切る。生徒会役員に何かを伝えたとか、伝言を預かっているとか、何とか聞こえた気がするがどうでもいい。あとで要点をまとめたメールを寄越すだろう。   「ん、俺が誰と電話してるか気になった?」 「親衛隊長、働かせすぎじゃない?」    まさか、まさかまさか。圭人が圭人が嫉妬してくれるなんて!!  考えてもみない展開に俺は踊り出すのを必死でこらえた。  喜びを表現したい。  けど圭人は控えめ恥ずかしがり屋さんだから照れちゃうから、我慢我慢。   「あいつはそれが仕事だから」    大人になったら今の比じゃないぐらいに忙しくなる。  今の内に慣れてもらわないと左岸が大変な思いをすることになる。  左岸の両親は俺の父と母にそれぞれ仕えている。  子供の意思を尊重すると言いながら左岸には俺の右腕になってもらいたがっているのが透けている。親思いな左岸は俺の右腕であろうと努力しているので俺もそう扱っている。だが、圭人が嫌がるなら別だ。   「何でもかんでも親衛隊長に頼みすぎ」    これはアレか、アイツとばっかり話さないでこっちを見てってこと?  何それかわいい。かわいすぎる死ぬ。   「圭人が嫌がるならアイツはもう連絡を取らない」 「いや、そういうことじゃなくて」    唇を尖らせるようにして考える圭人。超絶かわいい。溜め息の吐き方がエロい。少し流し目気味なので俺を煽るつもりで狙ってやってるなら大成功だ。でも、パエリアを作らないと圭人に嘘つきと言われてしまう。    前にココアを作るって言いながら目の前の圭人のかわいさに負けて美味しくいただいてしまったら、嘘つきと呼ばれ続けた。  冷たい目で見られるのがあんなにつらいものだとは思わなかった。  謝っても取り合ってもらえなくて、ココアと食堂でテイクアウトしたケーキを一週間食後に出し続けて、やっと一緒にお風呂に入ることを許して貰えた。  それまでいつも入ってたし一緒に入るって約束してくれたのに「嘘つきとの約束は全部なし」と言われた。付き合っていることもなかったことにされるのかと俺は泣いた。   「本人が平気だって言っても部下は適度に休ませてあげるもんじゃないの」    思いもしなかったが左岸は今の生活を負担に感じているんだろうか。   「ちょっとこの頃、労りが足りないとか思わない?」    労わった記憶自体がない。左岸が俺のために行動するのは当たり前のことだと思っていたからだ。圭人の言葉に目から鱗がボロッとこぼれる。   「好きです。一生そばにいてください」    思わず圭人の正面に回り込んでその手を取って告げた。  俺は誰かを使うことを当たり前に思って、そこにかかる労力を何とも思っていなかった。ロボットじゃないんだから、疲れたりするしつらくなる日もあるかもしれない。俺はそんなこと一切考えていなかった。  圭人は俺がわかっていないことを察したからこそ、こうして苦言を述べたのだろう。圭人以外の誰も俺にこんなことを言わない。それを分かっているからこそ嫌な役回りをあえてしている。かわいい嫉妬よりも胸を打つ。  俺には圭人が必要だ。   ------------------------------------------------------------------------- 人の言葉を聞かない思い込みの激しい人物の一人称は分かり難いですね。 気だるげな→正しくは面倒くさそうな 不要な豆知識。 「目」という名字で「さがん」という読みの方がいらっしゃいます。 なので、わんわんが魁嗣朝陽(かいしちょうよう)を会長と呼んでるのと同じで 眼鏡をかけてなかったとしても左岸兼平(さがんかねひら)はメガネと呼ばれます。 庭田理央をモヒカン呼びしてても全然モヒカンじゃないじゃんみたいな。 (ニワトリ呼びでも鳥っぽさないじゃんみたいな)

ともだちにシェアしよう!