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** 波乱の予感は待ったなし。
世界をかき乱す存在がいる。
いつの時代でも、どんな場所でも、空気を読まないのではなく、読むつもりもなく、自分がどういった存在であるのかも理解しない人間。
人の不快感だけを煽って爪痕を残していく。
だからきっと儀式が必要なんだろう。
スカッとする終わりを求めているのではなく、これで終わりと誰かから合図が来るのを待っている。
たとえば今この時に誰もが思っている共通意識。
『早くアイツを何処かへ追い出せ』
そんな他力本願でどうしようもない気持ち。
自分は動きたくないけれど異物があるのが気持ち悪い。
「オレはケイの兄弟なんだ!! 母親は違うけどっ」
放課後の教室で大勢の前で言わなくてもいいことだとたしなめられたことも忘れて転入生は大声で吉永圭人と自分の関係を口にする。それが嘘でも本当でも人の多い食堂などで吉永圭人は暴露して欲しくないことだろう。嫌がらせなら大成功だ。
今日転入してきたばかりで学園における転入生の心証は最悪。生徒会長の恋人がサンドバッグとはいえ嫌われ者かといえば違う。目撃情報が少なすぎて何も思われていなかった。
同じクラスの人間は生徒会長を敵に回したくないので、視界に吉永圭人を映さないようにするし会話もしたことがないので人となりを口にすることだってない。会長が吉永圭人のことを溺愛しているのは同じクラスにいれば嫌でも分かる。
独占欲のかたまりの会長を知ってて煽るなんて、破滅願望があるド変態はクラスにはいない。他人の口から吉永圭人の名前が出るだけでも、会長の機嫌は悪くなる。会長の機嫌が悪くなれば親衛隊も動くし、いいことは何もない。
個人規模で会長の恋人におさまっている吉永圭人に対して複雑な思いをいだく人間がいたとしても大部分の生徒からするとよく分からない人間という扱いだった。
だから、知る機会があるなら知りたいという好奇心は少なからずみんなが持っている。
とはいえ家庭の事情などを聞くべきじゃないのではという常識もまたあったので転入生の言動には眉をしかめる人間ばかりだった。
「オレたちと一緒に暮らすべきなのによく分かんねえヤツがよく分かんねえこといってパパも言うこと聞いちゃうし」
転入生はイライラしたように頭をかきむしる。周りの白い目なんてお構いなしだ。何がいいのか、取り巻きをやっているスポーツ特待生とクラス委員長。風紀委員は近くにいても手を出したりなんかしない。
「ケイは本当にかわいそうなんだ。双子の弟を虐待で殺されて、それなのに親戚でも何でもない奴らに育てられて、人の温もりも知らないからオレに冷たいんだ。墓参りにも行かせてもらえてない!! かわいそうにっ」
注文した料理が届いたからか一旦、吉永圭人への一方的なかわいそうコールはやめて食事を始めた。周りはみんな食欲が失せている。
常識のある人間が転入生に声をかけようとするのを周りは必死で止めた。あれは関わるべきではない異物だ。それが共通認識だった。
その中で騒ぎを聞きつけた風紀委員長が単独でやってきた。
一時間程度前に生徒会長に盾突いたという噂は大体の人間が知っている。噂はすぐに共有されるのがこの学園だった。友人が全くいない人間の耳にもヒソヒソ話は聞こえてくるもの。風紀委員長とはいっても一年生なので、あまりこの場を収めることを期待されてもいない。
「吉永圭人の血縁なのか?」
よりにもよってその話題かとツッコミを入れた人間は多い。もちろん口には出さない。それは保守的な気持ちからではなく育ちの良さのせいだ。
自分たちが恵まれて満たされていることを知っている育ちの良い生徒の大部分は金持ち喧嘩せず、ということわざ通りに無駄な争いを好まない。
好戦的な一部の生徒たちは責任のない末っ子だったり、逆に責任が重すぎて性格がひねくれたり学生の間だけ好き勝手やってしまおうと考えていたりと様々だ。ただし、率先して揉め事を起こす人間は数える程度でしかない。今まさに問題行動の真っ只中の転入生と風紀委員長のように。
「そうだよ、ケイは死んじゃったけどケイは守らないとっ」
「双子で同じ名前だったのか?」
「あ、……生きてるのはケイトだっけ? でも、双子なら同じだろ。顔だってきっと同じだろうし。ケイは死んじゃってるから大きくなった姿はわかんないけど」
常識があれば狂人の言い分だと判断できることを当然の顔で口にする転入生。クラス委員長は顔をひきつらせている。
この非常事態に誰か対処してくれと心が一つになったところで入り口から現れたのは生徒会長の親衛隊長である左岸兼平。波乱の予感は待ったなし。
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