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** これは実況するべきか。

 俺が庭田理央でニワトリと呼ばれるようになったのは、とあるソシャゲからだった。  親の都合で田舎から都会の学校に転校したものの馴染めずにいた俺は父親が理事と知り合いだという流れで中学から全寮制の男子校に通うことになった。  全寮制の学校に通わせるなら俺だけ一人、祖父母の家に住みたかったと内心思った。寮生活といっても週末ごとに家に帰って家族の団欒を味わったりしているので田舎にいた方がよかったとはさすがに言えなかった。  校風が肌にあっていたのか、特に問題なく中学の学園生活はスタートした。  それでも幼なじみと会えない悲しみは募るばかりで勉強して時間を潰すのだけでは足りなくなっていた。学園内に流れる噂話。願いを叶えるアプリという乙女チックなもの。藁にもすがる気持ちで話題のゲームをダウンロード。    意外にもゲームが普通に面白かったので朝起きたらゲーム。休み時間にゲーム。空いている時間にゲームとのめりこんで噂の事なんか忘れた。    本名でゲームを始めてしまったけれどニワタリオとカタカナで登録したせいかツッコミを受けたりはしなかった。ただ一人にニワトリと誤読されたらしく最初の頃、モヒカンとあだ名された。  抗議するとニワトリで統一してくれたので、ニワタリオからニワトリにユーザー名を変更した。  仲が良くなった相手もわんわんなので動物繋がりでいいだろう。幼なじみ以外で初めて気安く話せる人間ができた。田舎の強制的にみんなが友達という空気があまり好きじゃなかった。俺にとって特別なのはたった一人だけだったから。    長期休暇、特に夏休みごとに顔を合わせる幼なじみは変わらないようでいて少しずつ変わっていっていた。離れた時間分、よそよそしくなる。暫くするといつもの空気で遠慮がなくなるのに顔を合わせるたびに知らない人間を見るような目で見られて淋しくなる。    こういった愚痴を人のいない時間帯にチャットでぽろっとこぼしたらわんわんが幼なじみの近状や写真をくれると言ってきた。  俺は願いを叶えるアプリの噂を思い出してわんわんにたずねると意外な答えが返ってきた。    愚痴や不満を言っている人間の望みを叶えることがこのゲームのもう一つのゲームなんだという。モンスターを育成してそれぞれ戦わせてランキング上位を狙ったりメインシナリオを進めたりダンジョンに潜ったりそういう最初から用意されたゲームではなくコミュニケーションツールがあるゆえのゲーム。  ゲームにはいろいろな楽しみ方がある。  ゲーム内ゲーム。  ラスボスを倒すためにレベルを上げるんじゃなくてカジノでコインを溜めるのを楽しんだっていい、そういうこと。  ゲームはただそれだけじゃなくそのゲームの場の雰囲気を楽しむのも醍醐味なんだろう。人が向こう側にいるならそうなる。  そういわれて俺が思い出すのは霧雨さんだ。周りにキー様、キー様言われている霧雨さん。  強いプレイヤーなのかというと逆で廃人が数多いゲームの中で初期メンバー中最弱にしか見えない。アイテムや進化素材、モンスターの引きが悪いらしくメインになるモンスター育成がそもそもゆっくりしか進まない。  このゲームは星六つが超激レアで星一つのキャラであってもレベルを上げて進化させていれば星六つにすることができる。  ただ進化に必要なものが曜日固定や時間指定で始まるクエストで捕獲するのでプレイしていれば星六つにできるというわけでもない。倉庫の広さにも限りがあるからアイテム倉庫拡張するためのチップ、モンスター保管用の施設なんてものを設置したりといろいろとやることがある。    モンスターを育てずにチャットメインで交流してる人間とか、出会い厨とか呼ばれる人種もいる。でも、うざったいのは一回で見なくなるから運営が弾いてるんだろう。     ニワトリ:霧雨さんって姫プレイってやつ? ニワトリ:このゲームはモンスやアイテムのやりとりできないけど にゃ宮様:あー、アレは神様プレイって奴だ わんわん:神様に挨拶したあとにガチャするとレアモン出るってよ ニワトリ:マジで!?      チャットでそんなことを聞いてから、霧雨さんが一言挨拶するとROMっていた二十人ぐらいが一斉に挨拶してきて、ログを流す迷惑さも気にならなくなってきた。  霧雨さんに挨拶した後に初の強キャラゲット。初期値が高いモンスターは育て甲斐があるしデザインが凝ってていいのが多い。  霧雨さんはちやほやされてるとは思っていたけど、これはちやほやするわ。俺もその日から霧雨さんマジ神教に入信した。霧雨さんに挨拶するだけで、レアドロップ率が上がる(気がする)のに霧雨さん本人は恩恵を味わっていないらしい。切ない。これはみんな霧雨さんに優しくなるわけだ。    だらだらとレベルあげたり素材集めながらチャットしてわんわんから幼なじみの近状や写真をもらう毎日。代わりにわんわんのお願いを細々と聞く。  休日のカラオケでちょっと古いCMソングを流していろとか。  ちなみにそうしていたら三十代ぐらいの水商売風のお姉さんが、コインロッカーの鍵を渡してきた。次の指示はそのコインロッカーのカギをデパートの落とし物係に届けるというもの。正直な話さっぱり分からないけれど、時間にして三十分か一時間程度のことなのでゲームしながら言われたとおりに行動した。  ヤバいことに足を突っ込んでいる気配がしてもゲームで知り合ったといっても幼なじみの情報をくれるわんわんと縁を切ろうとは思わない。  俺のいない日々を幼なじみがどうやって過ごしているか知ることが出来るなら犯罪に加担したって構わない。     霧雨:高校入学おめでとう~   ニワトリ:あざーす   霧雨:わんわんと会った?   ニワトリ:学校で? ニワトリ:分かんねえっす ニワトリ:知らずにあってるかも?      ネットだから実年齢は公表してないしそんな話題を霧雨さんとした覚えもない。学校名だって当然、出してはいないけれど当たり前のように知られていた。  それを気持ち悪く思うところかもしれないと分かってても俺は「そりゃあそうか」と受け止めていた。願いを叶えるアプリ。チャットで話している人間が実在していないなんてことすら考えていたからきちんと生きていると知れて良かった。  相手が悪魔だったとしても幼なじみの情報をくれるので俺は言いなりだ。     霧雨:ミシンが怒ってたから   霧雨:なんかあるのかなって   ニワトリ:なんかって?   ニワトリ:わんわんに? 霧雨:学校で揉めてる子がいたら出来る範囲で助けてあげてね   霧雨:ゲームでリアルの話ってNG?   霧雨:ごめんね!!      言いたいこと言って謝りだすのはきっと自己中というよりも要領が悪いからだろう。俺も人が関わるゲームはこれが初めてだった。けれどネトゲの常識やマナーは知っている。  霧雨さんはわりとあっさりとそれを破るが、天然っぽいから憎めない。雰囲気が悪くなったこともない。  いつもながらに霧雨さんは、ボケてるなと思いながらROMっていたらしい古参などが「わんわんはリアルがむしろフィクションっぽいからOK」「キー様は何をしても許す」「キー様無罪」「飼い主が手綱を握ってないのがいけない」と発言。    このゲームはログインすると適当なチャットルームに自動的に入室する。  チャットルームは移動できるので固定のチャットルームに留まる人間も多い。  霧雨さんもわんわんも俺もわざわざチャットルームを移動しないのでログインした時のチャットルームで、その時にいる人と攻略についてとか雑談とかをだらだら話す。  一期一会がいいよねというのが霧雨さんやわんわんの言い分。俺はただしがらみや人間関係を作るつもりがないからその場の人間と適当に話すようにしている。ROMってる人間も多いし強化や進化画面ではチャットは開けないから基本無言。  落ちるのに挨拶しなかったり、ログインしてすぐ挨拶しなかったりなんて普通。  適当な緩さが気楽で楽しい。    ギルドチャットやフレンドチャットもあるから、わんわんに話しかけるのはそちらからコンタクトを取ればいい。  そういえばわんわんは一年前からログイン頻度が落ちている。高校入学してお疲れワンとか言っていたので一年上なのは知っていたけれどわんわんの個人的なことはあまり知らない。ネット上とはいえ長く友達をしていたのに意外だ。以前わんわんに幼なじみ以外に興味持たなすぎで潔いとか言われたけど全く興味がないわけでもない。  だから生徒会役員に誘われたというか推薦されて無理やりやらされそうになった時に霧雨さんの言葉を思い出して風紀委員を選択した。いつも幼なじみの情報をもらって世話になっているわんわんを助けてやろうそんな気持ちがあった。    とはいっても、これはなんだ。  風紀委員として行動しないとならないなら肩書きって面倒くさい。  思わずゲームのチャットでつぶやいた。     ニワトリ:ヘルメット被った男三人が転入生ぼこってる      そのとき、チャットにいたみんなから「もっと詳しく」と催促された。これは実況するべきか。 ------------------------------------------------------------------------ ゲームはよくあるソーシャルゲームなので ゲーム内で情報屋(仮)と接触して欲しい情報を手に入れた場合の情報料の受け渡しが→課金してね(有料アイテム購入してね)という感じ。 学生に対しては課金の勧めはしないで、使いっぱしり(安全)をさせたりするのが流儀。 金持ちの子供から搾り取ったりしない優しさが長続きの秘訣。 レアが出にくいから微課金で遊ぶ人は多い。

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