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** 何が問題だって言うんだ。
「なぶり殺したいんだけど反省させたくねえんだよナァ」
ヘルメットを手の中でもてあそびながら「飼い主」「ミシン」俺にとっては「ボス」がそう言った。
ボスの命令は絶対。だけれど願いとなるとまた微妙なものだ。
「アイツはオレのモノだからそれはかわらねえの。死んでもな、オレの」
ボスの言葉は絶対だ。あの犬は逃げられない。
それをかわいそうだと思うべきなのか、割れ鍋に綴じ蓋というべきなのか、俺には判断がつかない。ボスに依存しきっている犬は哀れだけれど、哀れまれる必要なんかないって顔をしている。
世界の全てがボスであり、他は何もいらないって顔をしている。それが気に入らないわけじゃない。でも、時々どうしようもなく汚してやりたくなる。
複雑な思いなんてない、ただの愛憎。
高校に入る前、俺は決断を迫られた。
『オマエはどうやって生きたい』
抽象的な父親というか、遺伝子提供者の言葉に俺は何かが起ころうとしていることを感じた。
俺の戸籍上の父は、同性愛者で母を愛してはいなかったが、大切にしていた。両親二人は幼なじみで、周りが二人を祝福していた。けれど、父は母を抱けない。
そこで精子提供者である父親の出番。
母がどういったルートで父親と出会って、俺を作るに至ったのかは知らない。けれど仲がいいが、性愛の絡まない両親に育てられた俺はどこか冷めていた。
父が男の恋人を作り、母がそれを黙認しているのを知ってしまったからかもしれない。
グレた俺を両親は叱ることもせず、精子を母に注いだだけの他人に俺を任せた。夏休みの体験学習みたいだと思い出すと笑えた。中学のことだ。
世界の裏側に触れることに心が躍って、調子に乗って、失敗して、死にかけたところを同い年の組織の犬に助けられた。屈辱的だった。
あの頃まだ俺の方が身長が高かった。
いつもお菓子ばっかり食べている奴だった。
父親からソイツ用にお菓子を持たされることも多かったし、会ったら必ず一つ渡すようにと飴の袋を何袋も貰った。
犬は犬と呼ばれるぐらいだから、単純。
飴を渡す俺のことを簡単に信用して好きだと言ってくる。バカみたいだ。俺は父親に大切にされているような犬のことがキライだった。
人間扱いされずにいるのに平気な顔で人の手からお菓子を貰っている犬。ボスの膝の上でいつもの無表情を仮面みたいに取り外して、嬉しそうにはにかんでる姿なんて殺してやりたくなる。
平気でボスの指からご飯を食べさせられ、赤い舌を指先に絡ませる。じゃれつくようにキスをしあって信頼し合ったように同じ布団で眠りにつく。
手が早く、性別も年齢も関係なしに手を出すボスが、犬にだけはキス以外は何もしていないというのは有名な話らしい。
同時にボスの初物好きというのも有名な話。だから犬に性的な意味で手を出そうとする人間はいなかった。
ボスの独占欲はセクハラすら許さない。
だから、高校一年の間ずっと嘘の報告を流し続けた。実験場になっている学園の中には俺以外の報告者も数多いかもしれないからこそ、事実に脚色を交えた報告。
生徒会長に近づいて親衛隊から攻撃を受けるかどうかのシミュレーションをしているらしいとか、生徒会長は失恋のせいでEDになったとか、実際にある噂を含めての報告なので否定なんか誰も出来ない。
二人に性的な関係は見当たらないという趣旨の報告。
どんな訓練でも疲れを見せることのなかった犬が、バテているとでも言いたげに目を伏せる姿が許せない。
生徒会長の指先が首元を撫でた瞬間に崩れた無表情。ボスに頭を撫でられたり、構われたりする以外では、ずっと変わらなかった表情が会長の指先ひとつで変わった。
そんなことあっちゃいけないだろ。
忠犬失格だ。
ボスしかいらない、ボスだけの犬のくせに他人に尻尾を振るなんて何様になったつもりだ。俺の中の怒りに比例して周りを陥れたりすることが上手くなっていった。
『オマエの歪みっぷり、オヤジやアニキは知ってるのか』
そんなことを腹違いの兄に言われた。父親も腹違いの兄弟たちも、あの犬のことを大切にして、気にしている。苛立った。アイツの目に俺だけ映していればいいのに、そう思った。
――高校に入る前、俺は決断を迫られた。
『オマエはどうやって生きたい』
どうもこうもない。
俺は俺以外として生きるつもりなんてない。
『戸籍上は俺とオマエは他人だ。組織に入ったり組織と繋がる必要はねえんだ』
それはつまりあの犬との縁が切れるということだ。
繋がりが切れて二度と話せなくなる。
アイツは組織の犬だから、ボス以上の大切なものなんかない。
ボスが自分の命で、ボスだけが一番大切。
ボスのためなら死ねるし、ボスが望むなら何だってする。
それがアイツの在り方で誇りだから。犬でも、何でも、ボスの近くにいられてボスにかわいがられるなら、アイツは満足なんだ。
人としての生活なんか求めちゃいない。
ボスに縛りつけられて、ボスだけのために生きていこうとしてる。
『同い年だしわんわんのことが気になってるのかもしれねえけどな、解放させてやろうなんて余計なことは考えるな。幸せの形っていうのは、他人が決めることじゃない。けどな――』
父親は今までの組織の在り方とこれからの組織のことについて話をしてくれた。
ボスや幹部たちは才能にあふれていて天才肌が多い。
だから、浅く広く手広く色々なことをやってこれた。けれど、人材育成という面についてはお粗末。というのが最近の問題点。世代交代を考えた組織づくりをしていなかった。
ボスのワンマンでまとまった組織なんて、二代目が現れちゃくれない。ボスは犬に自分の全てを与えたがっている。が、犬は犬であろうとするから、トップにはならない。
親の心、子知らず状態。
各部署をまとめる人間は、個別に育っている。とはいえ、大本の組織はボスなくしてやっていけない。ボスの代わりが存在しないのだ。
年齢や犬との関わり方からして、俺がきちんと段取りを踏めばボスの席に座ることも不思議じゃないと言われた。
わりと組織は血筋を尊ぶ。
父親の血が入っている俺ならば認められるというのだ。もちろんこれは父親の意見でボスの気持ちは違うだろう。ボスは自分以外の飼い主なんて認めるわけがないのだから自分がボスをやめる時には気にせず組織を解体するに決まっている。
ボスは金を稼ぐ方法も自分の下で喘ぐ相手の見極め方も本能的に知っている。
『組織の人間になるってことは普通に生きることをやめるってことだ。常にはかりごとの中にいたり天才たちの訳の分からない実験や思い付きに付き合ったりする』
父親はそれに耐えられないならやめろと言った。途中で手を引くことが出来ないからこその警告。
そして、俺は選んだ。今更、父や母のいる世界には戻れない。彼らは俺の育ての親かもしれないけれど俺の性格はきっと父親譲りだ。一度決めたことから逃げられない。あの犬がボスに甘えた姿を見せているのを見た時から、憎しみが消えない。
ゴールデンウィーク明けの今日。
裏門に呼び出されたと思ったらまさかのボスがいた。隣には腹違いの兄がいる。
この兄は組織の人間じゃない。けれど今回のことはそれなりに話しが通っているようだ。犬の髪型が変わった理由。
「なぶり殺したいんだけど反省させたくねえんだよナァ」
ヘルメットを手の中でもてあそびながら「飼い主」「ミシン」俺にとっては「ボス」がそう言った。
ボスの命令は絶対。
だけれど願いとなると、また微妙なものだ。
「アイツはオレのモノだからそれはかわらねえの。死んでもな、オレの」
そう、犬の全てはボスのモノ。
でも、組織のボスは首をすげ替えることができる。
俺の腕の中で悶える犬を幻視する。
どうせ人の手垢がついた犬にボスは興味がないんだろう。
会長に犬が抱かれたと知って捨ててしまえばいい。
泣きながらボスを思うだろう犬を想像して手も触れずに射精したのは先日のこと。
「思い知らせてやりてぇの」
ボスは侮られたままでいるような人間じゃない。それは分かってるから俺はもちろん手駒を揃えている。そのことを伝えると褒められるどころか微妙な顔をされた。
「オマエって隊長に似たな」
「教育係をあの人にしたばっかりにこんなに性格歪んじまって……」
「ミヤコになんて言おうかねえ」
「オヤジはまだわんわんとコイツのほのぼのとした関係を夢見てるんで伏せといてください」
ボスと兄が何か訳の分からない話をしている。
転入生の周りに俺のセフレを配置してるのは、学園に自分の愛人を送り込んでいるボスとやっていることが同じだと思う。何が問題だって言うんだ。
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