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32 わんわんは天使じゃないよ。

   というのは物語がまとまりきらない時に強制終了させる舞台装置。  つまりオレが現れたら話はそこで終了だっていう合図。これ以上は転がしようがないそう思った脚本家の悪あがきあるいは奇をてらってみた結果。   『幸福テストでずっと九十以上をキープしたから、その名前も伊達じゃないねぇ』 『地雷原を歩かせるとか、オレを殺す気だったの? ただの手紙配達とかいって大嘘ですよ?』 『次の次の任務に必要な人と偶然顔つなぎできて運が良かったじゃん』 『蛇さん、それって結果論』 『でもね、万事が万事……わんわんはそんな調子だからねぇ。何なの、チートなの?』    本来ならなしえないことをするのが、奇跡だという。  奇跡は神の御業である。  オレが死なないのが神様の幸運のお裾分けなら、オレは超高層ビルから落ちても死なないだろう。高所から落ちて死ぬのは、落下による肉体の破損じゃなくて、ショック死だと聞いたことがある。  眼前に迫る地面に死を予感して心臓は鼓動を止める。  足は骨折だけなのに心臓が止まっていた死体の話。  なら逆に落ちることを覚悟の上なら、地面に辿りついて身体に衝撃が来るまで死ぬことはない。滞空時間が長ければなんとかなるから、自由落下は怖くない。   『上にある窓ガラスを割って、下にいる子供が傷一つつかなかった事象がある。それ自体は偶然で片付くことだけれど、子供はそれ以降も大きな怪我も病気もなく生きた。ただし、色々な事件に巻き込まれて周囲の人間が大怪我をすることもあった。ただ誰も死ななかった。その現象に名前をつける必要はないかもしれない。でも把握は必要だろ』    蛇さん曰く、こういった、事件の原因になる人間なのに無傷でいる人間は、強運だからなのだと口にする。  強運というよりも事件が起こって、振り回されているなら悪運が強いだけだと思う。ただ組織は。いろいろな事件の後処理をするので、強運体質な人間を把握するのは当然だった。その周りで事件や事故が発生して、策謀が渦巻くのだから無視できない。ビジネスチャンスということだ。    今回の転入生の件も同じ。    これは組織のビジネスであって、オレの個人的な問題の後処理じゃない。飼い主が動いたのは多少の過保護さとゴールデンウィークに会えなかったせい、それだけ。  それ以上の理由もそれ以外の理由もない。。組織のボスだから飼い主に私情を挟んで欲しくないとか、そんなことじゃない。   『ボスが死んだらどうするの? お利口なわんわんは忠犬ハチ公を気取るわけ?』    鬼畜眼鏡はその名に恥じない鬼畜ぶりを見せる。  ゴールデンウィークに飼い主と会えなかっただけで、テンション下がったっていうのに鬼畜眼鏡と三日連続朝ごはん。  なんでか、鬼畜眼鏡は周りから一目置かれてるし、オレに対する態度をみんな注意しないし、やりたい放題である。  パソコンを使えるのがそんなに偉いのか。  こちとら肉体労働ですよ。  お前に遠距離射撃する狙撃犯を発見したり、五百円玉で銃弾の軌道を変えたりできんのかってんですよ。  オレはギリギリできるです。  もっと褒めて大切にされるべき。大道芸人とかいってなんか鼻で笑われるのはおかしい。ってか、大道芸人してたことあるから別に悪口じゃないし。  海外で連絡手段なくなって、あら大変ってときに仕込まれた器用さで売れない大道芸人を伸し上げたオレ。手品師をビックスターにしたこともあるから、オレの縁の下の力持ち力は侮れないと思う。  蛇さんには「いろんなところで餌をもらって大きくなってるね」で済まされた。オレの努力とはいったい。    そんなわけなので身軽さには定評があるし思い切りだって悪くないからオレはいつでも飼い主のわんわんだ。   『ボスが死んだらどうするの? お利口なわんわんは忠犬ハチ公を気取るわけ?』    いつか来る日を悲観するなんて馬鹿げてる。けれど飼い主がオレに何かを残そうとするのを見ると不安になる気持ちだってある。  捨てられることなんかあるわけがないし、オレが組織を抜けるなんてありえない。  けれど、組織のトップにいる人間がこの学園に気軽に来れてしまうような警戒態勢ってことは飼い主が死んでもいいって思ってる人間が組織内にいる可能性がある。そう思えてならない。  オレがいる時はガッチリきっちりキツキツにガードで、飼い主の寝室に入れる人間だって病気もなくクスリや暗示がかかっている可能性がゼロな相手。面倒な項目をクリアできる人間は限られているから、見つけてくるのは少し大変。    一夜限りの相手じゃない場合は半分ぐらいオレが推薦したりする。  オレが飼い主の性的な世話をしないから、代わりにとかそういうことじゃない。  飼い主が「オマエが気に入らないヤツは屋敷に入れないからリスト作れ」って言い出したから。わんわんのストレス最優先で考える飼い主マジ飼い主。  世間には「結婚するならソレ捨てて」って猫や犬や爬虫類なんかのペットを拒絶する人もいるらしいからね。  これから伴侶になる相手が家族として暮らしてる生き物を捨ててとは、またスゴいことを言うもんです。  組織は犬猫の里親探しとかもしてる。オレのことがあって以降は無認可の託児所や施設なんかもやっている。表向きは繋がりはないみたいだけど、神様が絵本の読み聞かせとかのボランティアをして大人気らしい。  きっと何人かは確実に神様への愛をこじらせて組織に入っていくんだろう。     「」      ヘルメット姿で颯爽と登場したオレに冷たい視線を向ける鬼畜眼鏡はガン無視。  何か言いたげに頭を抱えている親衛隊長はうずくまった。  ぶっかけられた水は、ただの水じゃなく、レモン水だったから目が沁みたり、鼻が痛くなったのかもしれない。  この食堂のレモン水は水に少しレモンを入れているのではなく、ガチでレモン果汁を絞って水で割っている。  六対四の割合で出てくることもある。  もちろん六がレモンだ。酸っぱいよ。  テーブルに置いてあるガムシロップを入れるのが当たり前だ。けれど外部からの新入生とか転入生はそんな学園ルール知らないから水だと思って飲んでアウチという一品。    レモンで頭がいかれている親衛隊長が泣きながら「天使が俺を庇ってる」とか言い出してても気にしない。  疲れてるんだろう。  使わなくなったエビと明日のためのトマトはオレが回収しておくから親衛隊長は眼鏡をふいて寝るといい。  わんわんは天使じゃないよ。

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