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33 オレは気付いてないよ、たぬポン。

 この学園の食事処は三か所ある。  カフェスペースやテイクアウトだけのパン屋。  食堂といったら校舎の出っ張りのような建物ただ一つ。  厨房が半地下にあるので客席に当たる場所は普通よりも上にある。  これは校舎を建てた後に食堂を作ったせいらしい。  細かいことは知らない。    三十人ほどが座れる二階席と円形のテーブルでゆったりしている通称くつろぎスペースと八人掛けのテーブルがくっついた状態の通称密集スペース。  相席嫌いは二人掛けの丸テーブルや窓際のソファ席に行く。一人がけソファに座り窓の外を見る形になるのがくつろぎスペースの在り方。もちろん上級生や親衛隊持ちだけの特権だと暗黙の了解があったりするゆったり席。    オレはそのくつろぎスペースの反対側にある窓から入った。西日を背にヘルメットでガラス割って床に前転して勢い殺しました。拍手していいよ。見世物じゃないけどね。    飼い主から窓は開いていると言われたけれど、安全対策なのか虫を避けているのか、五センチぐらいしか開かない窓とか嫌がらせだよね。  苦情を言ってやりたいけど「オレの時と窓の形が違うなんて知らんし」で終わり。飼い主はそういう人です。人でなし。「オマエならどうにかできるだろ」とかそういう信頼だろ。知ってる。わんわん超余裕ですから。  でも素直にくつろぎスペースから入ればよかった。  昼は外で食べられるようにもなるから普通に開くんですよ、あっちは。    そもそもなんで窓から入るのかって、こっち見ろよとか、そういうわけじゃない。注目はもういらない。時間稼ぎは終わってる。  煮込み時間四十分とか存在せず、出来上がったものはこちらとばかりに結論を眼前に突きつけるよ。入り口や揉めてる転入生たちがいる場所が窓から入った方が近いからそうしただけ。飼い主がスピード決着を望んでるなら叶えるのがわんわんでしょ。    生徒会長の部屋という寮の最上階から落下して、途中の木とか色々で衝撃殺して、窓にボーンです。特殊ワイヤーでスタントマンなしで本番一発勝負。誰も見てなくても華麗に決めるぜ。    まあ効果音的にはドンガラガッシャン。  ちょっと泥臭い。    オレは生徒会のエレベーターとか一人で使ったことないから、力技じゃないと外に出られないんだよ。  エレベーターは痕跡が残るからやりたくない。  生徒会役員や風紀委員が閲覧可能な監視カメラに残らないルートとなると窓がいいんだよ、窓が。会長は飼い主に意識を落とされてるからオレが勝手に外に出たとかで、ビービー文句を言ったりしないだろう。するなよ?    身体中にガラスの粉があるけれど、まあ平気。  ガラスの破片じゃないからさ。  なんとかなるなる。  野球部の暴投やサッカー部のやんちゃを考慮しているからか、学園のガラスはフロントガラスみたいに衝撃を入れると粉々になるタイプ。  このガラス、お高いんじゃないのと思うけれど飼い主のせいだから、経費で落とすよ。    そんなこんなで辿りついたというのに周りの反応ときたら「え? バイクのヘルメット?」「首がないんじゃ?」「下が学生服とかシュールすぎる」「あのネクタイ二年?」「オレのラーメンが来ない」「うるせー、オレの牛丼だって来てねえよ」「カレー食って寝たい」「ハヤシライスだけで生きてたい」「ハンバーグが正義だし」「マグロ丼一択だろ」「季節の天ぷら」「なんでもいいからトッピングの卵!! はよう卵」と食べ物の事ばかり。    爆弾騒ぎで厨房は一時、機能をストップさせて、教師たち大人もそっちに気を取られて転入生は放置。  犯人なのにこの適当な扱いは「オマエのことどうでもいいし」的な社会の厳しさだね。  そもそも爆弾について、まだ人前で発言してないらしいから、生徒の間で大きな混乱はない。注文した料理が出てこないとか、学園でそれなりの有名どころが急にケンカし始めているとか、そのぐらい。  転入生は奥の手を出す前に封印されちゃってるわけだけど、気づかずに余裕っぽい顔でテーブルに座ってる。滑稽すぎる。    とりあえずネクタイは解いてポケットにしまっておく。  見られちゃってるけど写真撮ってる人はいないから後で「二年のネクタイしてた」「ノーネクタイだった」という派閥争いが行われるはず。みんな自分の記憶が正しいって主張するから「ネクタイはしてたけど一年だった」「ネクタイは学園指定のモノじゃなかった」とかいろいろ言いだすだろう。  いや、誰かがそういう風に情報操作してくれるかもしれない。      「」      ヘルメットをしていてもオレが誰か分かるらしい。何だよ、愛かよ。気持ち悪いな。    とりあえず機械仕掛けの神様的に助走をつけての飛び蹴りでKO。  十秒以内に立ち上がることができない転入生の口に近くにあった紙ナプキンを詰め込んで手を叩く。オレの指先を心配した飼い主から借りた手袋のおかげでいい音は出なかったけど入り口から入ってきたヘルメット三人組はきちんと仕事をした。     飼い主にお供に三人つけようかと言われて、桃太郎を気取ってもいい気がしたから頷いておいた。そんな彼ら。    でも、オレは犬だから飼い主が桃太郎で同僚はキジとサルなんじゃないだろうか。  細かいことはどうでもいいか。  体格的にも覚えがあるからキジでもサルでもなく、タヌキな気がしたけれどヘルメットしてる相手の中身は詮索無用だよね。  オレは気付いてないよ、たぬポン。

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