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36 わんわんは今日も生きてる、元気です。

「自分だけが生きていて申し訳ないって思わない、だった?」    口から紙ナプキンをペッペッと吐き出す転入生にオレは返事をしていなかったことを思い出す。これが最後の会話になるから心残りを作るつもりはない。  飼い主がオレを送り出した理由を考えれば無視して受け流してしまうのは得策じゃないだろう。心に何かを残す相手じゃない。別にオレには必要ないものだ。    トラウマがたとえあったとしても乗り越えるものじゃない。  オレは一生、生ゴミに限らずゴミ袋の口を固く結べない。タバコの濃い煙によって口の中に苦味を感じたら吐き気がしてくる。  緊張状態じゃない限り、味覚を刺激していないと落ち着かない。    口に何も入れていないと、どうしてか煙草の味がするのだ。    生ゴミに出されて捨てられた際に空腹から生ゴミを口にして、その中に煙草の吸殻があったらしい。  苦いから吐いているけれど、子供の頃のその記憶と自分の兄弟だと聞かされた人間ので煙草の味は消えない。    目の前の転入生の兄に臓器提供させるために生まれた双子、のちのわんわんであるオレと。  それの死にざまを聞く前からオレの口の中は苦くて臭かった。  紛らわせるために逆に煙草を吸ってみた日もあったけれど効果はなかった。    口の中の不快感はみゃーみゃーさん一人目である彼に食べ物をもらって軽減というか改善していったので深く考えることはやめた。  誰にも舌先につきまとう苦味や鼻を抜けていくヤニ臭さの話はしていない。調べたところで何も出てこない。  切断した腕の痛みを感じる幻肢痛と同じような脳の誤作動だ。ただ、飼い主や神様は知っている気がする。いつだって美味しいお菓子とたっぷりの愛情で彼らはオレに接してくれる。   「ケイは死んだのに自分は生きてるって申し訳ないって思わないの?」    双子の兄だか弟が救われなかった理由にオレは関係ない。頭を打って死んだと思って生ゴミに出したのだというのがオレの卵子提供者側の発言。  出生届は出されてもきちんと育てられることがなかった双子の片割れがオレ。  養育費を払って、ある程度の年齢になったら引き取る予定だったと証言したらしいのは精子提供者。  自分の長男が身体が弱いことを嘆いて、色んな女に子供を産ませてドナーにしようとしていたらしい。腹違いでもいいんだろうか。考えなしなんだろうか。    組織の誰かは出生届なんか出さないで闇医者に手術させれば楽なのに、なんて物騒なことを言っていた。ちなみにオレの片割れらしい死んだ子供を含めて、臓器提供用の子供は臓器を捧げることなく。  金持ちのオモチャで人生が終えた兄弟たちと神様に拾われ生き残っているわんわんなオレ。   「申し訳ないって何が?」    本当に理解できない。申し訳ないって、むしろオレが言われるべきじゃないの? 許さないけど、お前は自分の家族のしてることをオレに申し訳ないと思わないのか?  常識がないのがアンチ王道だよって蛇さんは言っていたけれど、もっと頑張れよ。どんな生き方してきたんだよ。   「何がってそのままだよ。生きてて申し訳ないって思わないの。自分だけぬくぬくして平和に生きてて」    あれ?  オレは生徒会長に囚われた、かわいそうなわんわんで自分が救出してやるんだとか何とかそういう設定じゃなかったのか?  それが無理そうだから爆弾持ち込んだんだろうけど、食堂の外に出したからかコイツの反応はオレを揺さぶるぞーというもの。まあ、爆弾はないけどね。スイッチ押して何も起こらないっていうコントをするのも面倒だからサクサク行くよ。   「オマエの平和っテェのは地雷原歩いたり、百人のオカマの中から十分以内に本物の女を見つけないと全員死亡のゲームに参加させられたり、ヘリで上空から落とされたり、方向感覚の狂う森に手ぶらで置き去りにされても生き延びなきゃならねえことを言うんかァ?」    ヘルメット越しにも分かるドスの利いた声は間違いなく猫にゃん。きっと他にもオレのプライベート情報を暴露したくてしょうがないだろうけど、抑えてくれ。わりと並べると恥ずかしい状況だ。フィクションフィクション言われるわけだよ。   「だって生きてる」    そうですね。わんわんは今日も生きてる、元気です。  

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