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38 オレにとってのただの普通。
居場所がなくて、一方的に飼い主に庇護されていたら、不安に思うかもしれないとありえない自分の姿を想像する。
飼い主に依存しつくして甘えさせられていたのなら、無意識に自分だけが出来るナニカをおこないたくなるかもしれない。
けれど、今のオレの位置は飼い主のわんわんであろうとして、オレ自身が動き続けた結果だ。
飼い主は他の誰もオレの代わりにならないとよく口にする。
それは飼い主的な愛情もある。オレが、それだけの技能を手に入れているからこその言葉だ。真実の言葉。飼い主は飼い主だ。保護者じゃない。
オレ自身に居場所を作らせている。
普通の親のように手を引いてくれる存在でも、失敗したら慰めてくれる人でもない。それは神様の領分だ。飼い主はただ餌を用意して散歩をして周りから餌をもらう芸の仕方を教えてくれた。オレは公園の人気者だよねみたいな。ナルシーじゃないぞ。
たとえば一人の人間として立つことは、オレからするとゴミに出される恐怖が付きまとう。それはゴミ袋の口を締めることが出来ないのと同じように食べ物で味覚を刺激続けたい欲求と同じように消えはしないものだ。
人間でありたくないから犬を選んだわけじゃない。
そんな消極的な選択をするオレなら、これから転入生を処理したりしない。
「オレがわんわんだってのは知ってんだろ。それなのによく取り引きができると思ったね」
ヘルメット三人組というか、ほぼ猫にゃんに取り押さえられている状態の転入生。オレの声は周りには聞こえないだろうけど、転入生の声はよく響く。
所詮は狂人のたわごとだから聞き流されるだろう。教師が風紀委員長に連れてこられるまで五分かその程度。処理が終わった爆弾と一緒に転入生はさようなら。
「身体能力が高くても心はそうじゃないだろ」
転入生が未だに余裕を保っているのが何だか笑えた。
「血の繋がってるオレに酷いこと出来るはずない。……お兄ちゃんを見殺しに出来るはずない。優しいケイならそう言ってくれるだろ。ケイの優しさで皆が救われるのにそれをしないなんて非人道的だ」
非人道的な行動を先にしたにもかかわらずオレがすると非難するのか。まあ、わんわんだから人間的じゃなくていいけど。
「もし、いまオレを、オレたちを見捨てるって、見殺しにするっていうなら、ケイはこの先、絶対に幸せになんかなれない。幸せになる資格なんてない。人を不幸にしておいて、自分だけ幸せになるなんて許されない」
転入生からしたらこれがオレへの呪詛で後味の悪さとか罪悪感をもたらすもので最終的に温情狙いなんだろうけどバカだな。
「残念だけどオレは幸せになる呪いをかけられてるんだ」
オレは転入生に対して口角を上げることも、眉を寄せることもない。完璧な無表情。表情を動かす義理もない。
オレの片割れの死を突き止めた時、すでに自分で物事を考えられる知能を手に入れていた。遅れていた言葉を取り戻し、栄養を補給して身体を動かして、世界を見る視点を得ていた。
強がりかもしれない。
子供だったから取り繕っていたかもしれない。
『この先、つらいこともあるかもしれない』
『ひとりじゃないから、だいじょうぶ』
『わんわんだもんね』
『おねおね~』
『ONEONE 』
『なくなったら戻らない、欠けた破片は拾えない』
『だからこそ俺は新しいものを手に入れていって欲しいと願っているよ。それが幸せをつかむ道だと信じている』
『かみさまの言う通り!!』
そして神様が望んだオレにとっての新しいものであったのが飼い主だ。
『何でオマエはあの人とわんわわんわん言ってんだ?』
『わんわんはわんわんなのでわんわんです』
『一人と一匹ってことか』
『わかるか?』
『分かんねえから、ちゃんと説明できるようになれよ』
そう言って笑いかけてくれる人の手を取って、オレは今を生きている。それで思うのが一人じゃないってことだ。ずっとずっとオレは一人にはならない。神様のいう幸せを使う道を信じているから。
「オレの兄弟がオレの分、不幸だったなら、オレは人よりも二倍は幸福じゃないといけない。平等っていうのはそういう事だろ」
もう味わえない片割れの幸せの分を重ね掛け。わんではないのだ、わんわんなのだ。それは息苦しくないし、つらくないし、悲しくないし、重くもない。オレにとってのただの普通。
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